本書の「まえがき」を日本の読者のみなさんに向けて書かせていただくことになり,大変光栄で喜ばしく感じています。まず本書が作り出された経緯について簡単に述べさせていただきます。
 本書は,スキーマモード・ワークに関する私自身のワークショップ(スキーマモード・ワーク)とレクチャー(特別招待講演:統合的心理療法)をまとめたものです。日本行動療法学会第37 回大会・第35 回研修会会長の福井至先生,そして鈴木孝信先生,三浦正江先生が,翻訳,編集,また調整に携わってくださいました。そして付録のスキーマモード質問紙(日本語版)を含め,スキーマモード・ワークに興味をより持って頂けるように構成されています。
 私の父親であるチェ・ソクスン(Suck Sung Choi),母親のキム・ポクレ(Bok Rae Kim),そして娘のチェ・アラン(Aran Choi)と共に,特別招待講演とワークショップを行う日本行動療法学会第37 回大会・第35 回研修会に参加するために日本を訪れたのはとても素晴らしい思い出となっています。この訪日は,母親の80 歳の誕生日を祝う意味も持ち合わせていました。
 訪日に関して,まず初めに私が兄として慕う貝谷久宣先生にこの場を借りて感謝の意を示したいと思います。そして貝谷先生がご紹介く
ださった,久保木富房先生,野村忍先生,坂野雄二先生,大野裕先生等,私たちを迎え入れ,滞在中に歓迎してくださった先生方にも感謝をしています。
 では,本書の内容について少し触れましょう。サイコセラピー,あるいはサイコセラピストとの個人カウンセリングは,サイコセラピス
トが方向づける意図的な対人関係です。そしてその目的は,生きるうえでの問題に直面したクライアントまたは患者を援助することにあり,
また援助を提供する相手のwell-being を高めることにあります。クライアントや患者の精神的健康,または集団での関係性(家族関係等)の向上を実現するために,サイコセラピストは,経験的な関係性の構築,対話,構造化されたコミュニケーションや行動の変容等に根付いた様々な領域の技法を用います。
 本書では「統合的心理療法」をご紹介していますが,統合的心理療法とは,異なった学派のサイコセラピーの融合体です。統合的心理療
法の「統合的」はパーソナリティの統合とその一貫性の実現,そして感情・思考・行動,そして心理生理学的な仕組みを個人の中で統合さ
せる,といった意味合いも含みます。
 サイコセラピーの起源として,フロイト(Sigmund Freud)が精神分析と呼ばれる,話により癒しをもたらす方法を開発しました。彼はそれを著書として残し,世界にその方法を広めました。彼の死後,様々な方法が開発されました。よく知られている方法としては,精神分析的サイコセラピー,カウンセリング,相互カウンセリング(cocounseling:2人が交代にカウンセラー役としてお互いの話を聞くピアカウンセリングの一種),交流分析,認知行動療法(以下CBT と示す),ゲシュタルト療法,身体サイコセラピー,精神力動サイコセラピー,
家族システム療法,パーソンセンタード・セラピー,実存療法,スキーマ療法とマインドフルネスを基盤とした介入法が挙げられます。現在では450 以上の異なった心理療法が実践されています。
 心理療法を融合させる場合には,実用的あるいは理論的なアプローチが取られます。実用的な臨床家は折衷的アプローチを取るサイコセラピストと呼ばれることもあります。彼らは少数の学派に基づく理論,そして様々な技法を融合させ,臨床で役立つものに主要な関心を持ちます。一方,理論にも重きを置くセラピストたちは,統合的アプローチを取るサイコセラピストと呼ばれ,実際に役立つかどうかに加えて,なぜ役立つのかという点においても関心を持ちます。
 研修医時代,そしてその後数年の間,私は薬物療法と精神分析療法を患者援助の手段として主に使ってきました。そのような中で偉大な恩師であるリバーマン(Robert Liberman)先生と幸運にも出会い,彼の影響を受けて行動療法を学びました。彼はウォルピ(Joseph Wolpe)先生,マークス(Isaac Marks)先生,そしてベック(Aaron Beck)先生を紹介してくださりました。彼らからCBT を学び取り,その効果に魅了されて,CBT を使い数千人もの患者さんの援助をしてきました。そして大変光栄なことに,認知療法アカデミーの特別研究員に任命されました。
 私自身の統合的心理療法は,ベック先生の認知理論による認知モデルを出発点とし,それに様々な異なった実証のある理論や技法を融合させたものです(図0-1)。

 ところで,患者は3 つの方法を通じて苦しみを訴えます。1 つは抑うつ,不安,そして怒り等の感情反応の表現です。2 つめは,心理生理学的な反応で,例えば頭痛や不眠,動悸,息切れ,消化器系の障害,高血圧,筋肉の緊張等です。3 つ目の方法は不適応な行動としての表現です。感情,心理生理学,そして行動の問題は直接解決することができないので,それらの反応に関連した自動思考(評価の分析)を通じて患者を援助するのがCBT です。
 行動療法では,行動を変化させることで患者の考えを改善する援助をします。一方,認知療法は思考を変えることで,患者の行動改善を援助する方法です。この相補的な働きにより,行動療法と認知療法は自然に統合され,CBT として今日知られるようになりました。CBT を通じて,今までより多くの患者が自身の問題を解決したり,改善したりする方法を身につけてきました。しかしながら,特にパーソナリティ障害の合併症を持つ治療抵抗性のケースと呼ばれる患者は,CBT にあまり前向きな反応を示しませんでした。
 パーソナリティ障害を持つ患者に関する調査では,彼らは幼少期の経験と感情気質の影響で特有のスキーマを作り上げることが示されています。それらのスキーマ(中核的な信念)の内容が,特定の状況に即した自動思考を生み出すのですが,それらの自動思考はCBT では変化が生まれにくいものでした。このような経緯があり,特にヤング(Jeffrey Young)先生がスキーマに着目した方法の開発に専念しました。彼は愛着理論,伝統的なCBT,精神分析理論,対象関係理論,構造主義,そしてゲシュタルト療法の考えを取り入れスキーマ療法を開発しました。私はこのスキーマ療法を学び,2年後に国際スキーマ療法協会(International Society of Schema Therapy)よりスキーマ療法家の免許を授かりました。
 では統合的心理療法の重要な要素でもあるスキーマモード・ワークについても簡単に触れておきます。まずスキーマモードとは,その瞬間に活性している一連のスキーマ,あるいは適応・不適応に関わらず,それらスキーマの働きのことを指します。このスキーマモードの概念は,特に境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害を含む,重篤な障害を患う患者のモデルを研究する中で,ヤング先生と共同研究者たちが開発しました。モードの概念を治療に取り入れたモードワークは,当初これらの重篤な問題を抱えた患者への介入法が想定されていましたが,より機能の高い患者にも適応されるようになりました。
 スキーマへのアプローチが行き詰ったように思えたり,あるいは患者の回避や過剰補償を打ち崩せないとき,モードへのアプローチに切り替えることが役立ちます。また患者が過度に自罰的であり,自己批判的であり,あるいは内面に解決不能に思える葛藤を抱えている場合にも,モードアプローチは役に立ちます。そして,境界性パーソナリティ障害の患者によく見られるように,感情の頻繁な変動を示す患者において一般的にモードが着目されます。
 モードには大きく4つの種類が確認されています(チャイルドモード,不適応的コーピングモード,非機能的ペアレントモード,ヘルシーアダルトモード)。それぞれの種類のモード(ヘルシーアダルトモードと幸せなチャイルドモードは除いて)は特定のスキーマと関連していますし,あるいは特定のコーピングスタイルを形作っています。
 本書の第3 章で,スキーマモード・ワークを使った症例を取り上げています。これを読んで頂くとスキーマモード・ワークがどのように働くのかを理解できると思います。患者のヘルシーアダルトモードを築き上げ,他のモードにより良く対処していくことが,モードワーク の全体的なゴールです。
 良い親のように,ヘルシーアダルトモードは次にあげる3つの基本的な機能を持ち合わせています。(1)脆弱なチャイルドモードを育み,肯定する(2) 相互性の原理(principle of reciprocity)と自己規律(self-discipline)に基づき,怒れるチャイルドモードと非自律的チャイルドモードに制限を設ける(3) 不適応的コーピングモードや非機能的ペアレントモードと戦ったり和らげたりする。治療の過程では,患者はセラピストの振る舞いにヘルシーアダルトモードを見出し,自分のヘルシーアダルトの一部として取り入れます。また,患者がヘルシーアダルトモードを使えないとき,セラピストが代わりにヘルシーアダルトとして見本を見せ,徐々に患者にヘルシーアダルトモードの役割を引き渡していきます。
 私はスキーマ療法の強力な効果には満足していましたが,なかなか変わりにくい問題に苦しむ患者を手助けするために,何かより強力な方法が必要でした。そしてACT(Acceptance and Commitment Therapy)やMBCT(Mindfulness Based Cognitive Therapy)を含む「第3 の波」と呼ばれるCBT の存在に興味を持ち始めました。これらは精神障害の概念を拡張し,あるいは新しい要素やマインドフルネスの訓練を心理療法に付け加えました。マインドフルネスを学ぶにあたって,カバット=ジン(Jon Kabat-Zinn)先生には大変お世話になりました。
 本書の主要な内容である統合的心理療法という観点から,私が所長を務めるメッタ(Mettaa)研究所で取り扱っている治療をご紹介します。メッタ研究所では初回に患者の基本的なアセスメントを行います。それを通じて診断を行い,セラピストと相談の上,治療計画を立てます。うつ病の患者でしたら「考え方を変える」というタイトルの6 週間の集団CBT プログラムを勧めています。1 セッション180 分のこのプログラムでは,まず心理教育の実施,認知モデルの理解促進,そして自動思考を特定できるようにします(1・2 週間目)。そして認知の偏りを特定,ソクラテス的問答と問題解決スキルを身につけます(2・3 週間目)。非機能的思考記録表(DTR)を用いて思考を変容するスキルを定着させ( 3・4 週間目),早期不適応的スキーマ(EMS : Early Maladaptive Schema)の概念,起源,そして作られたコーピングスキルについて教育し,スキーマを克服する方法とスキーマのワークシートについて理解を促します(4・5 週間目)。最後にスキーマモードの概念を教育( 5・6 週間目),そしてマインドフルネスとアクセプタンスについて教育をします( 6 週間目)。各セッションでは前回の宿題を必ず確認します。
 パニック障害と広場恐怖症の患者は,バーロウ(David Barlow)先生とクラスケ(Michelle Craske)先生によって開発されたMAP- Uに修正と補足を加えた12 週間の集団CBT プログラムを勧めます。このプログラムでは,心理教育,リラクゼーション訓練,先にご紹介した「考え方を変える」プログラム,暴露(interoceptive exposure とin-vivo exposure)が含まれます。社交不安障害の患者には,ハイムバーグ先生ら(Richard Heimberg)によって開発されたプログラムに修正と補足を加えた15 週間のCBT プログラムを勧めています。心理教育,リラクゼーション訓練,「考え方を変える」プログラム,負荷が加わった暴露訓練,ビデオフィードバックとインビボ暴露の宿題,そして自助グループへの参加がこのプログラムには含まれます。また強迫性障害の患者に対しては10 週間の集団CBT プログラムを勧めています。これはベイヤー先生ら(Lee Baer)によるプログラムに修正と補足をしたプログラムで,心理教育,リラクゼーション訓練,「考え方を変える」プログラム,暴露反応妨害法が含まれます。最後に,外傷後ストレス障害の患者には,個人カウンセリングでEMDR と長時間暴露法を受けることを勧めています。
 メッタ研究所では6 週間におよぶ「考え方を変える」プログラムが集団CBT プログラムの中心的な内容となります。集団CBT プログラムを終えると,患者は再評価を受けます。様々な治療的なスキルを身につけ,大きく改善した患者は治療が終了となります。
 さらなるケアが必要な患者には,スキーマ療法とACT の個人カウンセリングを勧めています。この治療は週1 回,あるいは週2 回のセッションが1 年から3 年間続きます。瞑想訓練が必要な患者には8 週間で終了するマインドフルネス・ストレス低減法のプログラムを受けてもらうことを勧めています。
 メッタ研究所では,CBT,スキーマ療法,そしてマインドフルネスを基盤としたアプローチの教育プログラムも実施しています。
 以上,本書の内容に触れてきました。最後になりますが,本書の出版に大きく貢献された,福井至先生,鈴木孝信先生,三浦正江先生そして金剛出版の弓手正樹氏に改めて深く感謝を述べたいと思います。
 過去20 年の間に,私は患者,恩師,そしてスーパーバイザーの方たちとともにこの心理療法の統合の道を歩んできました。その過程で様々な壁があったとしたら,それは私が乗り越えるべき困難な問題だったのだと思います。今,私はこの統合的心理療法を用いて患者を癒していくことに,完全とは言えないまでも,自信を感じています。
 では,この「まえがき」をニーバの祈り(平和の祈り)で締めくくりたいと思います。

  神よ変えることのできるものについて,
  それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
  変えることのできないものについては,
  それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
  そして,
  変えることのできるものと,変えることのできないものとを,
  識別する知恵を与えたまえ。

チェ・ヨンフィ
Young Hee Choi, MD, PhD, ACT, CST