『ミルトン・エリクソンの 二月の男−彼女は,なぜ水を怖がるようになったのか

ミルトン・H・エリクソン,アーネスト・ローレンス・ロッシ著/横井勝美訳
四六判/450p/定価(本体5,400円+税)/2013年3月刊

評者 高石 昇(高石クリニック/日本医科大学)


 “The February Man”は1989 年,M. H. エリクソンとE. L. ロッシの共著で出版された。本書はその邦訳である。その内容は1945 年にエリクソンがある看護師を対象に催眠による修正的年齢退行法を4 回にわたって行い,これを少数の観察者に非公式にデモンストレーションした速記逐語録とそれについて1979 年にエリクソンとロッシが15 時間を費やして討論した記録により構成されている。
 エリクソンの業績集を眺めると,タイトルに催眠という語を含む論文は1930 年代後半,さらに時間歪曲,擬似オリエンテーション,自然法,利用法などエリクソン技法に関する論文は1950 年以後に見られる。したがって本書における治療面接が実施された1945 年は,リフレーミングや症状処方などを含めまさにエリクソン療法の開花期ではなかったか,と評者は推測する。その面接は逐語的に速記記録されており,これはおそらく稀なる心理療法文献であろう。しかし多彩な技法や細かい治療的配慮をエリクソンの生の発言からくみ取らねばならず,そのため治療の主流をつかみにくいかもしれない。ロッシとの質疑応答はこれを補うものであるが,これに対し必ずしも明快な答えが得られないこともある。マーガレット・ミードが“このとどまることを知らぬ燃えるような独創性が彼のもつ多くのものを伝える妨げとなっている”と評した言葉には,多くの人が共感するところであろう。特に第1 セッション第1 パートは被験者の被暗示性高進を狙って習慣的メンタルセットを弱体化するアプローチからなり,禅問答に似たやりとりが続き,難解であり,ここを端折って“2 月の男”の出現する第2 パートから読まれるのも良いかもしれない。
 エリクソンの難解さを助ける方策として本書の註釈に挙げられる以下のエリクソンとロッシの共著による3 冊の解説書は大いに役立つ。しかし残念ながらまだ邦訳はなされていない。

. Hypnotherapy : An Exploratory Casebook.(1979).
. Experiencing Hypnosis : Therapeutic Approaches to Altered States.( 1981).
. Hypnotic Realities.(1976).

 このうちのExploratory Casebook にも“2 月の男”の症例が報告されている。実はエリクソンは何人もの症例に“2 月の男”の役割を演じている。しかし,これらに関する完成原稿は見当たらず,ロッシがこれらの資料を基に合成し,コメントとともに記述した。
 催眠修正年齢退行法の本質についてロッシの質問に対しエリクソンは,過去のリフレーミングとか,存在しなかった過去に現実を与えるとか,現実体験と催眠中の体験の統合,などと答えているがいずれにしても修正体験を通じて不幸な過去を適応的に受容し得るに至る,とでも約言できる。しかし存在しなかった過去の現実を内的に経験させることは至難の業であり,これが長時間の健忘を伴う夢遊催眠の求められる所以であろう。エリクソン以外にはわずかにジャネ(1889)に類例が認められるくらいである。
 ところで泳ぎ恐怖症の治療は未来への擬似オリエンテーション(年齢進行法)を以て終結されている。体験済みの過去よりは未来予想の修正の方がより実現性の高いことは容易に理解され,一層注目しなければならない。
 最後にこの難解な原書の邦訳を独りで成し遂げた訳者のご努力に心からの賛辞を贈りたい。

原書 Erickson MH, Rossi EL : The February Man : Evolving Consciousness and Identity in Hypnotherapy