『トーキング・キュア−ライフステージの精神分析

デビッド・テイラー編著/木部則雄監訳/長沼佐代子,浅沼由美子訳
A5判/400p/定価(本体5,800円+税)/2013年3月刊

評者 館 直彦(たちメンタルクリニック)


 本書は,英国における精神分析の中心の一つであるタビストック・クリニックのメンバーが,精神分析的な人間理解がどれだけ有用で私たちの人生を豊かにしてくれるかを一般の人たちに知ってもらうために著わした本の邦訳である。表題である「トーキング・キュア」は原著の題名そのままであるが,その由来については監訳者まえがきにも述べられているように,『ヒステリー研究』に登場する患者の一人アンナ・O が自分の話をブロイエルに語ること(talk)によって症状が改善したこと(cure)をトーキング・キュアと言ったことに基づいている。この言葉は精神分析の本質を言い表したものであるが,同時に本書の内容を的確に表現したものでもある,と言えるだろう。というのは,語ることとは一方的に話すことではなく,相手にしっかりと聞いてもらうことであり,対話をすることなのだが,それを通して私たちは自分自身のことを考えることになる。また,語る側はそうすることで変らざるを得なくなるが,語りかけられた側も,連想が展開して自分のことを考えることは避けられない。精神分析的な人間理解とは,そのような相互的な対話を通して自分自身のことを考えていく方法であるという主張が,本書の眼目であろう。本書に数多くの臨床素材が提示されていて,いずれの症例でも治療者と患者の語り合いが丁寧に記されているのも,それを伝えるためであろう。それらを読むことを通して,私たちはここで何が展開しているのかと疑問を抱くところから,思索へと導かれていくだろう。
 ところで,本書で触れられているテーマはメンタルヘルス全般に及んでおり,人が誕生してから亡くなるまでの一生の間に遭遇するさまざまなテーマについて,また,生物学的なことから,文化的,社会的なことまで,あるいは,セラピーの中で展開する微細なことから,天下国家の重大問題まで非常に幅広く扱われているが,いずれの場合も臨床に立ち返って論じられているので,とても含蓄が深い。しかも,内容的にはかなり高度なことが,たいへん分かりやすく書かれている。あちらこちらに挿入されている図も,私たちの理解を助けてくれる。
 本書は元々が一般向けの本なので,専門家が手に取ることはあまりないかもしれないが,専門家にとっても,臨床場面で,患者さんがどのような悩みを抱えているかを忖度する上で,参考になることが多いと思う。また,この本を精神療法への導入として,これから精神療法を受けようと考えている患者さんに読んでもらうことも役に立つのではないかと思う。というのは,本書を読むことを通して,精神療法とはどのように働くのか,どのような効果があるのか,臨床家はどのように考えているか,などということを知識としてだけでなく,実体験として知ってもらうことができるのではないか,と思うからである。

原書 Taylor D : Talking Cure : Mind and method of the tavistock clinic