本書は、『臨床心理学』誌に二〇〇九年一一月(第五四号=第九巻第六号)から二〇一一年五月(第六三号=第一一巻第三号)まで「コミュニティ支援、べてる式。」と題して、浦河でコミュニティ支援に奔走する支援者の取り組みを紹介したものに加筆し、新たに章を加えたものです。しかし、本書は浦河べてるの家のコミュニティ支援の取り組みを網羅したものではありません。
 浦河のコミュニティ支援という切り口で、その取り組みを切り分けようとしましたが、どうしても切り残しを残してしまいます。どうしても取り上げきれないものがあり、十分伝えきれないもどかしさが残ります。浦河のコミュニティ支援は、精神障害当事者の置かれた現状の変化とともに、今現在も私たちの支援の取り組みを変化させ、新しい展開を見せているからです。
 たとえば、浦河で生活する精神障害当事者の間で産まれた子どもが、浦河にある児童養護施設暁星学園に措置されたりします。成人の障害当事者だけではなく、家庭と生活を丸ごと応援することになります。児童相談所と児童養護施設の支援者との間でも協力して、浦河のコミュニティ支援を展開しています。また、浦河には軽種馬サラブレットを育てる牧場がたくさんあり、町の代表的な基幹産業のひとつとなっています。この競走馬を育てる産業でさえ、輸入競走馬に押されて停滞気味になっています。そこで、この競走馬を競馬の目的以外にも活かそうと町役場と牧場主が協力しています。これまでも浦河べてるの家の行事に合わせて乗馬体験や馬と交流する企画を立ててきましたが、今度は自閉症などの知的障害者(児)や身体障害者(児)向けのホースセラピーを精神障害当事者にも活かそうという構想も上がっています。産官協力に私たち福祉の領域が結びつこうとしています。ほかにも東京大学の哲学分野の研究者と始めた現象学の共同研究に町の人にも関心をもってもらおうと、哲学する町、浦河.という意気込みで公開講座を開くことを始めました。これらは、本書で取り上げることができなかった活動の一例です。
 このような落ちつきない浦河のコミュニティ支援です。
 浦河の地域精神保健と浦河べてるの家のコミュニティ支援は、当初から当事者主体の取り組みであったといえます。現在の成果は、その賜物だといえます。
 まったく不思議なことですが、この私たちの取り組みが全国の精神障害当事者の皆さんや医療、福祉、精神保健に携わる方々、最近では領域を超えて教育関係、産業領域の方々、政治に携わる方々、映像や音楽関係の方々にも関心をもっていただけるようになりました。「良くやれている」とのお褒めの言葉をいただいたりしております。
 けれども、いつも私たちのどこの何が良いのか、良かったのか、と自問させられます。浦河に見学に来られた皆さんや講演会に参加された方々が度々おっしゃるように、浦河には川村先生や向谷地さんがいるから良かったのか、浦河べてるの家という施設があるから良かったのか、日高昆布という地場産業があったから良かったのか。
 こうした外からの声にも、どこか私たちの置かれた実際と異なるという違和感を感じています。私たちは日々追われるように生活をしていますが、けっして手厚いケアができているわけではなく、けっこういい加減で、格別親切でもなく、財力もなく、恵まれた好条件の環境のなかで支援しているわけでもなく、洗練された取り組みをしているわけでもありません。
 そんな私たちの支援を評価してくださるのはなぜかと思うのです。
 この問いかけへの明確な答えを私たちはもっていません。私たち自身も満足できる説明ができないでいます。
 しかし、どこか答えに繋がるようなヒントみたいなものはもっています。
 あるときの北海道精神保健福祉士協会の支部研修会での話です。川村先生が「浦河の支援がうまくいっているのは、浦河の支援者が優秀だからというのは誤解で、反対に深刻な問題に支援者が無力で、頼れないから協力しなければならなかった。連携で大事なことは頼りない.ということ……」という主旨のコメントをしたことがありました。
 なるほど、確かに私たちは頼りない.ということにかけては自信があります。
 少子高齢化が進む過疎進行中の地方の町、不漁不作と後継者不足に悩む地場産業、閉店が目立つ大通り商店街、私たちの町を取り巻く外的条件は厳しい限りです。 支援者にしても、水産学部から浪人して医学部にいった精神科医の川村先生、就職活動に完全に出遅れて唯一残っていた浦河日赤に応募したソーシャルワーカーの向谷地さん、私小林も自分の足りなさを感じ三〇歳半ばで臨床心理学を学び、専門家めいた仕事をするようになったものです。どう見ても、その分野の優秀なパワーエリートとは程遠いです。
 また、最近でこそ浦河でも大学などで専門職の学びを終え、浦河に就職してくる支援者が増えてきています。しかし、昨今の学生は職場が都会にあって生活がしやすく労働条件の整った職場を選びます。浦河の地元の若者や浦河赤十字看護専門学校出身の看護師でさえも職を求め、都会志向で町を離れていきます。わざわざ不便な町の職場を選ぶ専門家なんて、一般的な価値観に照らし合わしてみれば自分の将来を考えるコンパスの針がズレていそうです。浦河には、飛び抜けて優秀な支援者もいなければ、高度な医療や手厚い保護が受けられる立派な福祉施設もありません。
 こんな有様の私たちですから、まったくもって頼りないかぎりです。その頼りなさ、不器用さ、足りなさを補い合うために連携してきたのが私たちの歩みであったといえます。
 コミュニティ支援に連携は欠かせませんが、こうして見ると浦河流のコミュニティ支援の成功の秘訣は、連携をエンパワメントする頼りなさ.不器用さ.足りなさ.であるといえます。全国的に見れば、優秀な専門家の支援、恵まれた生活環境、豊かな社会資源などを享受できるのはごく一部でしょう。しかし、頼りなさ.は、多分、全国の至るところに見出せるはずです。支援者個人の支援力は際立たなくても、全体が活きる可能性が頼りなさ.にはあると思います。
 私たちは頼りなさ.に自信をもっています。もし、自らの支援の取り組みに頼りなさ.を感じたようでしたら、ぜひ浦河に遊びにきてください。浦河に来れば頼りなさ.にも自信がつきます。頼りなさ.を絆に交流を深めましょう。お待ちしております。
 最後に、この企画から完成まで、いつも執筆期限を守らない頼りない.私たちの取り組みを応援してくださった金剛出版『臨床心理学』編集部の藤井裕二さん。「ごめんなさい!」藤井さんの寛大な支えがあり、無事出版することができました。心から感謝申し上げます。

小林 茂