『コミュニティ支援,べてる式。』

向谷地生良,小林茂編著
四六判/272p/定価(2,600円+税)/2013年4月刊

評者 増茂尚志(栃木県精神保健福祉センター)


 本書は,2009年11月〜2011年5月まで「臨床心理学」誌に掲載された論文に加筆したものである。「べてるの家」を中心としたコミュニティ支援に関わる,異なる立場のさまざまな職種の支援活動が具体的に紹介されている。
 第1部〜第3部で構成され,第1部は,浦河町のコミュニティ支援活動の出発点であり活動の中核である「べてるの家」設立の経緯が述べられ,当事者の起業によって創設された就労の場が,コミュニティに対する多彩な支援活動を生み出したことが第2 部の「支援の展開」で示される。第3部は「浦河べてるの家のコミュニティ支援の未来」を,これまでの活動をふり返って向谷地が論じ,向谷地と小林が対談で語る。高齢者支援に比重が移ってゆくことを受けて,「死の看取り」の重要性に触れている点が印象深い。
 第1部の対談では,向谷地,川村が当事者特別ゲストの渡辺を加えて,自助とは何か。自助を基盤とした当事者主体の支援とは何かが繰り返し語られる。その後,紹介される支援の取り組みは広範囲に及ぶが,東日本大震災の時には,以前に作成した防災避難手順に従って避難できたという防災対策の取り組みには敬服した。第2部で,浦河町役場の浅野が指摘しているのは,べてると社会教育行政との関係はフレンドリーでも,福祉,医療,住宅部門との関係はシビアな関係であるという事実。限られた人口と面積に,受け入れられる当事者の人数は,おのずと限界があることを意識せざるを得ない。浅野はこの点について,「全国にべてる式が広がり,身近な地域でも非援助的に暮らせることができればと願う」と続けている。
 「べてる式」が,他の地域に広がる可能性があるかという,誰もが抱く問いに対する答えは難しい。
 「半分は病院で治し,半分はべてるで治す」という患者のことばが紹介されている。べてるの家の自助活動も浦河赤十字病院の精神科医療を前提に成立している。ただ,自助的支援の場が確立していると,入院という強力な医療は限定的なもので十分となり,退院後の生活能力と就業能力回復の支援を自助活動に委ねることができるのである。しかし,「支援者が何もしなければ何も始まらなかった」と,推薦の辞で野中が述べている通り,支援がなければ育つべき自助グループも自助活動も始まらない。そして,ある時期に開始された自助活動が,本書で紹介されているように多くの領域で支援の連携が可能な水準に達するには,どのくらいの時間が必要なのか。実に何十年も掛かるのだという事実を本書は教えてくれる。さらに,小林が「あとがき」で述べているように,コミュニティ支援の取り組みを網羅しようとしても,常に新たな展開がある。すなわち,支援活動に完成形はないのである。
 本書を読めば読むほど,「自助活動に基づく当事者主体の支援」を実現することの難しさが伝わってくる。その難しさを十分に理解したうえで,同じ理念に基づく支援活動を他の地域でも展開できるのか。本書は,それを実現する可能性に対する希望を与えてくれている。
 精神医療・地域精神保健に携わるひと,そして行政に関わるひとは,是非とも本書を読むべきであると,あらためて感じた。