序文

 双極性障害の心理社会的治療は,これまで長い間,軽視されてきたが,この10 年間,急速に関心が高まっている。近年,双極性障害に対する治療の有効性を示すエビデンスが多く得られてきており,日常臨床において双極性障害の理解を深め,治療の向上に資することが期待されている。しかし残念ながら,これらの研究結果の多くは日常臨床から距離があったため,地域社会で実際に行われる治療との間のギャップが広がることとなった。この観察結果は,NIMH(theNational Institute of Mental Health)白書に記述されている「うつ病性障害の治療の中で,ガイドラインレベルのケアを満たしているのは全体の10%にも満たない」こととも合致している。
 現在,われわれは,研究論文や体系的な文献レビュー,臨床医には容易にアクセスできない治療マニュアルなどのさまざまな情報を得ることができる。本書の執筆にあたっては,エビデンスに基づく双極性障害の治療的アプローチを示すことを基本方針としたが,あまり専門的すぎるアプローチや,複雑な手順を踏むものはできるだけ避けることとした。また,地域のメンタルヘルスクリニックを含む一般的なさまざまな治療状況で出会う患者がもっている重要な問題についても検討することとした。すなわち,本書の目的は,双極性障害の治療において,臨床医がエビデンスに基づく包括的で統合されたアプローチ(実際的で,容易に実施可能で,日常臨床に応用できるもの)を実践できるようにすることとする。

本書を使用するにあたって

 本書は,標準的な精神科薬物治療の代替となるものではない。本書で示した治療プログラムは,標準的な精神科薬物治療を受け,服薬管理がされている患者に対する補助的治療法やサポートとなるように計画されている。心理社会的治療プログラムに参加する前提として,効果が認められている気分安定薬による治療を継続することが必須である。まだ精神科治療を受けていない双極性障害患者を心理社会的治療プログラムに受け入れることは,重大なリスクをはらみ,ほとんどの症例で禁忌と考えられる。
 本書は,精神疾患の治療法についてある程度の知識を有している専門家を読者として想定している。双極性障害患者は地域に存在する。そのため,多様な地域社会を基盤として,複数の障害をかかえた患者が,軋轢をできるだけ少なくし,治療へのモチベーションを保ち,恩恵を最大限得られるような治療戦略に適応できることを検討する。