監訳者あとがき

 我が国においては,2000年の児童虐待防止法の制定から始まり,2004年の児童虐待防止法と児童福祉法の改正とそれに伴う要保護児童対策地域協議会の設置,2007年の児童相談所運営指針等の見直し,2008年の児童虐待防止法と児童福祉法の再度の改正などを経て,児童虐待防止の公的取り組みが進められてきている。その結果,児童養護施設や情緒障害児短期治療施設,児童自立支援施設への,被虐待児の入所数が増加している。しかし,虐待からの保護児童の入所数が増加するにつれて,虐待の問題は被虐待児を虐待環境から保護すれば解決するわけではないことが明らかとなってきた。つまり,被虐待児にはPTSDをはじめとする精神医学的な障害も見受けられることがあるためである。我が国の児童虐待に関する施策の問題点は,被虐待児の精神医学的な障害に対する治療法の確立や普及が十分ではないまま,保護のみが推進されてきたという点にあると考えられる。
 そのような状況において,本書は,児童虐待防止に関わる専門家に,児童虐待に関する最新の研究成果と,精神医学的な障害に罹患してしまった被虐待児への,エビデンスに基づく治療法を解説した,我が国の児童虐待対策の向上にはなくてはならない書であると考えられる。養育者への介入と,養育者間の関係調整も,児童虐待に関する介入パッケージの重要な要素であるものの,本書にも記述されている通り,どうすれば虐待する親に虐待を止めさせられるかについては,専門家でもあまりよくわかっていないのである。そのため,保護が推進されているとも考えられるが,精神医学的な障害に罹患してしまった被虐待児の治療の水準がさらに向上することも必要である。虐待の被害者に対する治療法としては,トラウマに焦点を当てた認知行動療法(以下TF-CBTと略記する)が,過去に虐待を受けた親にも,また子どもにも明らかな効果があることが無作為化抽出試験で示されている(Cohen & Deblinger, 2004)。しかし,我が国においては,TF-CBTは未だ十分に普及しているとは言えず,今後我が国においても,本書で紹介されているTF-CBTがさらに普及していくことが望まれる。
 ところで,本書の著者Christine Wekerle博士は現在MacMaster Universityの小児科の准教授であり,Alec L. Miller博士はAlbert-Einstein College of Medicine附属Montefiore Medical Centerの精神科臨床教授であり,David A. Wolfe博士はUniversity of Trontoの精神科と心理学科の教授であり,Carrie B. Spindel博士はNew York Universityの児童青年期精神科の臨床講師である。これらの著者らが,児童虐待に関する基礎から,児童虐待の影響に関する理論,そして児童虐待に関連した精神医学的障害の診断と治療,被虐待児の治療方法までをとてもわかりやすく解説してくれている。特に,症例スケッチでは9歳のロバートの事例が示されており,被虐待児のケアがどのように行われていくかが具体的に理解できる。さらに,巻末には,児童虐待のアセスメント・ツールである,児童用トラウマ影響尺度U(The Children's Impact of Traumatic Events Scale U(CITES-U; Vetch Wolf, 2002))と,児童用暴力被害経験質問紙(The Childhood Experiences of Violence Questionnaire(CEVQ(Walsh, Macmillan, Trocme, Jamieson, & Boyle, 2008))がついており,購入者はコピーして利用できるようになっている。このように,本書は被虐待児の臨床に従事している方々にとって,非常に実践的な手引書となっている。そのため,監訳者としては,我が国の児童虐待防止に関わる方々に,広く本書を御利用いただければと願っている。
 最後に,本シリーズの監修者である貝谷久宣先生,久保木富房先生,丹野義彦先生には,日ごろからさまざまな形でご指導ご支援いただいている。また本書の翻訳においては,医療法人社団弥生会旭神経内科リハビリテーション病院の矢野啓明先生と,医療法人和楽会赤坂クリニックの野口恭子先生にご協力いただいた。以上の方々に,ここに記して感謝の意を表したい。また,金剛出版出版部の弓手正樹氏には,編集や校正で多大なご助力をいただき,心から感謝している。

2012年1月16日
福井 至