監修者序文

 米国精神医学会の年次総会は精神科医や神経科学者をはじめ,心理士,作業療法士などのパラメディカルスタッフも含めて例年約1万人前後参加する大規模な催しである。私は1988年以来海外特別会員としてほぼ毎年この学会に参加している。それは,この学会は臨床家を育て鍛える種々な機会を与えてくれるからである。まさにアメリカのプラグマチズムを象徴するかのような学会である。精神医学のすべての分野をカバーする何百という数のミーティングや講義が行われる。そのほかに,広大な会場で薬と医療機器の会社をはじめ,精神医学分野の出版社はほとんど参加するイクスヒビションも大きな魅力である。例年私はこの展示場で新しい本を探しまわる。日本にまだ紹介されていない使えそうな情報を収集する。このようにして今までに数冊の本をNPO法人不安・抑うつ臨床研究会のメンバーが中心になって翻訳刊行した。このAdvances in Psychotherapy Evidence-Based Practicesシリーズは昨年のサン・フランシスコの年次総会で見出した。エビデンスのある精神療法,すなわち認知行動療法の本である。
 本年,厚生労働省はうつ病の認知行動療法を保険適応とした。この数年間マスコミやメンタルヘルス関係では向精神薬療法を悪者の如く扱い,認知行動療法が最上の治療のように取り上げる傾向がある。このような極端な風潮がユーザー側にひろく流布し,軽い気持で認知行動療法を希望して医療機関に数多くの患者が押しかけている。医療機関側も時流に乗り遅れてはならないとにわかに認知行動療法をする施設が増えてきた。即席認知行動療法家の誕生である。新しい治療法が始まる場合はこのような状況が生じることは多少とも止むを得ないことではある。願わくば,認知行動療法の専門家が増えて患者側の要求に十分に応えられる体制ができることである。この本のシリーズの監修者3名はその他の有志とともに2006年に東京認知行動療法アカデミーを結成した。年に4回この分野の第一級の講師にお願いしセミナーを開いている。受講生の数は現在までに延べ4,000人以上に達している。このシリーズはこのような精神医療の趨向にかなったものだと思念する。
 このシリーズの総編集はサンフランシスコのアライアント大学カリフォルニア心理学学校のD.ウェディング教授になる。現在までに23巻が刊行され,将来なお11巻が予定されている。このシリーズは米国精神医学会の傘下にある米国臨床心理学会の支援のもとに編集発刊されている。各巻の著者は臨床経験豊かなその分野の第一人者である。このシリーズの編集方針は,まず何よりも実務にすぐ利用できる読みやすいコンパクトな本であることである。それ故に,豊富な図表,臨床のツボ,症例スケッチ,患者教育資料がちりばめられている。そして記載された技法や理論の基礎となる文献が豊富に引用されている。このシリーズの本は,心理療法家の頂上に立つ指導者から裾野で訓練を受けている学生まですべての人の診察室やカウンセリングルームに置かれる価値があると思う。
 このシリーズの翻訳は,3人の監修者で熟慮相談し,各分野の第一人者にお願いした。このシリーズが日本の精神療法家とりわけ認知行動療法家に広く愛読され,多くの患者から苦を取り去り,楽を与え,充実した人生が送られるよう援助していただければ監修者の望外の喜びである。

平成22年庚寅 師走
滝廉太郎の旧居跡に隣接する寓居にて
医療法人 和楽会 パニック障害研究センター長
貝谷久宣