監訳者あとがき


 1997年8月末から9月初旬にかけて,オーストラリアのケアンズで,第14回国際心身医学会が開催された。私も医局の摂食障害グループの若い先生たちを引き連れて参加した。この国際会議をオーガナイズしたのが本書の筆頭著者であるトイズ教授と,1976年に神経性食思不振症患者を摂食制限群と嘔吐や排出する群に二分することを提唱し,摂食障害では世界的に有名なシドニー大学精神科教授の故ボイモント博士らであった。この国際会議に先駆けて同所で2日間,故ボイモント教授とドイツのマックス・プランク研究所のピルケ教授の共催で,摂食障害のテーマでマックス・プランク・ワークショップが開催された。日本からも数名の研究者が招待され,そのなかに私も入っていた。ボイモント教授を中心とするオーストラリアの摂食障害研究者たちは,摂食障害を「ダイエット障害」として世界的に認知させようという動きのなかにあった。現在増加している患者の大部分がダイエットと関連しているというのがその理論的背景にあった。しかし,オーストラリア以外の国の研究者たちは,ボイモント教授らのアイデアに敬意を表したものの,同意はしなった。あれから10余年経ち,今,そのオーストラリアで摂食障害の指導的立場にあるトイズ教授らにより本書が,臨床医家向けのシリーズ本のなかの1冊として2008年に出版された。トイズ教授とは懇親会で赤ワインを傾けながら親しく話させていただいたのが記憶にあり,今回この機会を得たことに感慨深いものを感じる。
 本書は,オーストラリアの摂食障害患者を診る機会のある臨床医家向けに,あるいは学生にも,摂食障害についてエビデンスに基づく治療指針を,実践的で“読みやすい”ことを念頭に工夫して記述されている。確かに日常臨床に関係する多くの側面について簡潔でわかりやすく構成されている。我が国の研修医や研究医,摂食障害の臨床に携わる医師に裨益するところは少なくないと考える。
 本書を翻訳するにあたり気付いた点を少し述べたい。本書で紹介されているWHOのICD-10の診断基準をみて戸惑われる方がおられるかもしれないが,これは著者たちにより改変されているようである。また,4章でFairburn CG博士の認知行動療法(CBT-BN)が紹介されているが,これは2004年に作成されたもので,現在では2008年に神経性過食症だけでなく摂食障害の精神病理に焦点を当てた治療法として集大成された「Cognitive Behavior Therapy and Eating Disorders, The Guilford Press, New York London, 2008」(『摂食障害の認知行動療法』切池信夫監訳,医学書院,2010)が出版されている。摂食障害の認知行動療法についてさらに詳しく知りたい方は,これを参考にしていただきたい。治療について動機づけを大変重視し,この点について詳しく具体的に書かれている。実際に治療を手がけている臨床医家には大変役立つものと思う。本書を参考に実践していただきたいものである。さらに摂食障害の専門家さえ常に困らせている課題,それは痩せて生命的に危険な状態にあるにも関わらず治療を拒む患者に対する強制的治療の是非について,医療事情が異なる我が国においても,なるほどと思う指針を与えている。
 本書の翻訳は,大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学教室の大学院の諸先生方に担当していただいた。皆さん翻訳には苦労したようであるが,大変勉強になったように思う。悪戦苦闘していただいた大学院の諸先生方にここに謝意を表したい。また監訳にあたり,私の力不足もあり必ずしも流暢な日本語に訳せたとは思っていないし,誤訳もあると思う。この点については,この場を借りて,読者の皆様方にご寛容の程をお願いする次第である。
 最後に本書の読者が,本書のなかに少しでも役立つ点を見い出していただければ,本訳者としての冥利に尽きるというものである。

2011年2月吉日
切池信夫