日本語版への序文

 乳児から児童へ,児童から青年へと成長していくにつれて,私たちは周囲の環境に創造的に適応していく。そうすることで,完璧とはいえない状況であるにもかかわらず,生き延びることができるし,成長することもできる。しかし状況が変化して,その適応の仕方がもはや適切ではなく,自分や世の中の最善の利益ではなくなっているかもしれないにもかかわらず,それからぬけ出せなくなってしまう。私たちが生まれ育った環境で生き延びて成長していくために用いた早期の適応の仕方は,自動的な反応になる。つまり,深くしみ込んだ習慣のために自分の潜在的な力に触れることができなくなるので,心理学的に人生が行き詰まって,先に進んでいくことができなくなりうるということである。自動的に生じてくる反応は,自分自身では同定しにくいのが常であるし,行き詰まりから脱して,存在すること,考えること,感じること,そして行動することにまつわる新しいパターンを身につけていくためには,そういった自動的な反応を見つけ出し,その背後にある信念を変えていくような手助けが必要となることもある。
 心理療法が提供できる手助けが実際にどのように作用するのかはいつでも容易く見てとれるわけではない。これは,二人の人間のあいだで起きることが完全にはわかりえないためだろう。どちらか一人の脳内の全ての活動も,二人の脳がどのようにつながって作用し合っているのかも,調べて説明することはできないのだから。心理療法がどのように作用するのかについて完全な意見の一致はみられていない。心理療法は,関係性の曖昧さ,つまり,心理療法に関与しているセラピストとクライエントの心とその二つの心の独特な混成物の中に生じてくるものに依拠しているのである。そして,二つとして同じ組合せはないから,それぞれのセラピーの作用の仕方は,ほんの些細なちがいであるにしても,異なっている。だから,確実な法則はほとんどない。なぜなら,あるクライエントとそのセラピストにとって効果のあるものが,ほかのクライエントとセラピストとでは禁忌かもしれないからである。人というものは,みな特別であるという点でみな似通っている。人は,別々の遺伝子プールから生まれ,別々の環境で別々の経験をしている。大きな相違もあれば,些細なものもある。治療的な二者関係はどれも異なっており,独特である。このために,心理療法の技芸は完璧にはなりにくく,また完璧ではないのだ。しかし,セラピストとクライエントが作業同盟を形成するためには,その間にほどほどによい感情と信頼が必要で,この法則は共通するものである。心理療法で亀裂が生じるのは避けがたいことだが,もし亀裂が生じてもそれを修復することができるような強さのある,目的にかなった機能を果たす関係を樹立し,維持することが初期の目標である。ひとたびこの関係が働くようになると,クライエントのたましいを吟味して育てていくという作業が本当に始まるのである。

フィリッパ・ペリー