日本語版へのあとがき

 心理療法がうまくいくにはその過程において,クライエントは四つの主な領域で作業をする必要がある。関係性,自分を物語ること,自分を観察すること,そして,新しく学ぶこと,である。しかし,セラピストがこのテーマから始めるというわけではないし,心理療法の作業ではこの四つの領域が明確に別々になっているのでもない。この四つの領域は,心理療法のいずれかの時点で探求され,おそらく整理しなおされるであろう。このことは,私が2010 年にこの事例研究を著したとき,念頭に置いておらず,あとになって見出したものである。そこで,日本語版の出版にあたり,この本をもう一度振り返り,『まんがサイコセラピーのお話』に,四つの要素が事例の中に認められ
るかを見ていきたいと思う。

関係性

 『まんが サイコセラピーのお話』の全体を通して,関係性は鍵である。最初のセッションで,セラピストであるパットは,クライエントのジェイムズと一緒にいるときにどんなふうに感じるかを見い出そうとしている。パットが彼をどんな人だと思うかは,より広い世界において他の人たちが彼をどんな人だと思うかの指標になる。私たちの健全さは,どのように関係性を作り維持するかによって決まる。人間は集団の中で生活をし,実際的な意味においても心理学的な意味においても,独りで生き延びていくことは容易ではない。これは,誕生直後の関係性の中で脳が形成され,その後も関係性の中で形成され,維持され続けていくからである。そこで,自分を世間にどう見せるかは,
心理学的な発達に影響を与える。ジェイムズが自分自身には弱味があることを認めて,自分が泥棒であることを告白するときに,はじめて二人のつながりがとても深まる様子がわかる。彼が本当のことを語ると,パットはより生き生きとして,ほんの短い間だが,彼らの気持ちがつながってくる。セラピーが進むにつれて,ジェイムズはさらにオープンであろうと試み,それによって,結局のところ,セラピーの外の世界でもオープンであろうとしていく。ジェイムズはのちの31 回めのセッションで,オープンであるという新しいスキルを恋人との関係性で実践しており,それによって,人生の転機となる公園への散歩がもたらされるのである。

自分を物語ること

 パットは初期のセッションで,ジェイムズの物語の中の何かを理解しようともしている。それは,ジェイムズに生じた外的出来事だけではなく,彼の人生の物語でもある。人生の出来事をどのように解釈するかは信念体系に影響を与えるだろう。その信念体系に基づいて,私たちは多くの決定をする。日々なされる小さな決定から生涯に影響をもたらす大きな決定まで,意識してなされる決定も自動的になされる決定もそれに基づいている。自分自身について抱いている信念によって神経症的になることすらあるが,信念を手放すのは困難である。パットは2回めのセッションで,ジェイムズが彼の無意識的な信念に気づくように援助しようとしている。ジェイムズの信念のうちの一つは,すべては順調であると自分に言ってきかせれば,順調ではないことに動揺せずにすむ,ということのようである。これはジェイムズの密かな信念であったが,それが明らかにされ,理解され,整理し直されたので,彼の心理療法がうまくいくこととなった。心理療法とは,どのようにして人が自分自身の物語の作者になっているのかを見て,その物語の編集者としての力があることを認識していくようなものなのである。

自分を観察すること

 ジェイムズはパットとの心理療法を開始する前に,自分が盗みをしていることをわかってはいたけれど,自分の感情の何によってそのようなことをしてしまうのかについて,またどうやったら引き金となることに用心したらいいのかに関しても,観察することを学んでいなかった。彼は自分を観察することに慣れていなかったので,彼が自分のいつもの行動パターンをわかるようにパットは概略を示す必要があった。そして感情のリストを紙に書いてジェイムズに渡したので,ジェイムズは自分が何を感じているのかを自問することが容易になったのである。12回めのセッションまでに,ジェイムズは自分に気づくことができるようになっていることをパットに示している。彼自身の一部が,感情から距離を取り,善悪の判断をせずに感情を観察することができつつあるようである。このことで彼は選択することが可能になった。自分で気づいていない感情に基づいて思考なしに行動するのではなく,自分自身に気づくようになったために,自分の怒りを異なった方法で扱うという選択肢が生じたのである。

新しく学ぶこと

 ジェイムズはセラピーが始まるのと同時に学びはじめている。一番はじめのセッションで彼が最初に学んだことは,何かがよくあることであるからといって,それが真実であるというわけではないということである。自分の過去が現在にどれほど影響を及ぼしているかを学び,そして終わりのほうのセッションでは,パットといっしょにやってきた中で実感したことを復習している。セラピストとの関係性によって,そして自分を観察するスキルが発達したことで,彼が自分自身に語ってきた,そしてその中で生きてきた物語を理解するようになったのであるが,そういったことがなければ,このような学びは起こり得なかったであろう。直感の鋭い人が,彼のどこが間違えていて,彼が何をすればよいのかを単に指摘したとしても,ジェイムズはそれを吸収できなかっただろう。それは,このような変容が脳の水準で生じるからかもしれない。新しい神経回路がつながるのには時間を要するし,瞬間的になされる作業ではない。機能させる必要のある神経連結の多くは,新生児のときには生じておらず,最早期の養育者との関係の中で発達する。赤ん坊は一年以上にわたって言語を聴くうちに,脳内で充分な神経連結ができ上がってきて,音声から語彙が形成され始める。そして,一瞬でたくましい筋肉を作り上げることができないように,心の変容にも脳は時間を必要とする。つまり,何度となく繰り返される治療的やりとりの影響の下に,情緒を見分け,それに対処するための新しい方法を樹立し,新しい行動のパターンを樹立できるようになるのである。
 この本を楽しんでいただけたことと思う。私の新作“How to Stay Sane”は,日本ではイースト・プレスから2013 年に出版されることになっている。

フィリッパ・ペリー