『まんが サイコセラピーのお話』

フィリッパ・ペリー(物語)/ジュンコ・グラート(絵)/鈴木龍監訳/酒井祥子,清水めぐみ訳
B5判変型/155p/定価(2,400円+税)/2013年4月刊

評者 妙木浩之(東京国際大学)


 今の日本ではmanga は唯一世界に通用する輸出文化なので,漫画だからといって軽んずる人はいないだろう。けれどもサイコセラピーの世界の力動や特徴を,あるいは精神医学や心身医学との正しい出会いと治癒について描いた漫画は,今のところ良いものはないと断言する。漫画で心療内科を宣伝するような,しかも誤解だらけのものはある。あるいは読心術者が登場する物語は世の中にたくさんある。どれも正しい精神療法体験をしたことも,受けたこともない人が描いたものなので,正直,読者には超常現象と同じようなとらえ方をされてしまう。あるいはマスコミに登場するカウンセラーも,もともと宣伝の動機が霊能者と同じような人たちで,一言いえば人が分かるし,変わるみたいなメンタリストのようなやり方ばかりで,マスコミや大衆の期待と誤解を過度に煽るものばかりになっているのが現状だ。でも精神療法が大衆に浸透している英米は違う。この漫画は,その決定的な実力差を伝えている。
 ちなみにIn Treatment というイスラエルで作られヒットし,アメリカでリメイクされた海外のテレビドラマがあるが,精神療法で開業している主人公の悩みを描きながら,主にセッション場面だけを描くことで進行していく。精神分析的なセラピストとクライエントとの関係が,そしてそのセラピストの人生とクライエントの人生が転移と逆転移を通してオーバーラップしていくように作られた名作だった(シーズン3 で治療者が廃業してしまうのは残念だけれど)。これを日本でジャニーズ系のテレビドラマにして,スマップの一人を主人公にして『心療中』というリメイクをした。精神科医が脚本に協力しているとは聞いていたが,ひどいものだった。転移も逆転移も,そして力動も無視した,学園ドタバタ劇になってしまっていた。今の日本のセラピー環境とはこの程度なのだ。
 この漫画の物語は,開業しているサイコセラピストのパトリシアが「新しいクライエント」を待っているところから始まり,セラピーが展開して終結する,比較的短期の事例についてのもので,ジェイムスというビジネスマンの身なりのきちっとしたクライエントは,最初緊張気味でなかなか自分のことが話せないが,自分の盗みの問題を語り始めてから,治療が徐々に展開していく。セラピストは精神力動的な立場が中心だが,治療のなかでは認知行動療法的だったり,ゲシュタルト的な手法を使ったりしている。開業場面では,こうした折衷的な手法を使うセラピストは多いが,その点でも実践の典型と言えるだろう。物語の著者ペリー自身セラピストで,まえがきを対象関係論的なユング派の重鎮,サミュエルズが書いている。イギリスのセラピスト,そしてそこを訪れるクライエントたちの現状をうまく映し出している。本書が面白いのは一つには,セラピストがあれこれ悩みながら自問して考えていることが漫画に描かれていること,そして二つには精神療法で起こりがちな問題が,脚注に解説で論じられていることだろう。物語だけを読んでも面白いし,脚注の論考はそれなりに深い。私がおすすめしたいのは,まず物語だけ読んで,その後で脚注部分を読むことだ。セラピーが展開していく姿を読んだ後,セラピスト側からも,その関係性も事後的に考えられるようになっている。漫画文化の発祥と発展の地,日本がこの水準に追いつくのはいつの日なのだろうか。

原書 Story : Philippa Perry/Art : Junko Graat/Afterword : Andrew Samuels : COUCH FICITION: A Graphic Tale of Psychotherapy