はじめに

 筆者は多くの臨床心理士の中でも非常に特異な経歴を持っている。一九八九年に防衛大学校を卒業したあとは陸上自衛隊に入隊し、岡山県の山奥の部隊で十年あまりの間、戦車乗りとしての訓練に明け暮れていた。その筆者がなぜ今のような方向に人生の舵を切ったのかについては本文に譲るが、戦車部隊での勤務の中でさまざまな体験をした結果、カウンセラーという仕事に興味を持つようになった。
 陸上自衛隊という組織の中に身を置いたままとは言え、戦車部隊から精神科医療への転身はあまりにも極端な環境の変化を伴い、筆者の職業生活は完全に分断されているように見える。確かに筆者の職業は戦車乗りから臨床心理士へと大きく方向を変えた。しかしながら職業生活を中心にしたダイナミックなプロセスとしてのキャリアは、間違いなく筆者の中で一連の流れとしてつながっていることがようやくわかってきた。
 さて、カウンセラーや臨床心理士が拠ってたつ専門性とは何であろう。筆者の場合、人よりも遅れてこの道に入ったこともあって、実際にクライエントを担当するようになると、自分がやっていることにどうしても自信を持てず、苦しむことが多くなった。精神科医療の現場では薬物療法が中心で、常にエビデンスを求める精神科医とのやり取りでは、自分の活動の効果をうまく説明できずに苦しんだものである。
 その苦しみの理由について当時の筆者は、精神科医に対してうまく説明できないからであると感じていた。しかしあるとき筆者は目の前のクライエントに対しても、そのことを説明できていないのだということに気づいて愕然とした。死にたいほどの苦しみを抱えて精神科を受診し、筆者のカウンセリングを受けているクライエントに対して、その意味や効果を明確に説明できないことはあまりにも無責任なことであると思った。カウンセラーや臨床心理士が専門家であるというならば、自分がクライエントに対して提供しているものを明確に説明できなければならないはずである。しかしわれわれは、少なくとも当時の筆者は、精神科医が薬の効果や副作用について詳しく説明し、その結果に責任をもつのと同じように、自分の関わりに対して専門性と責任を感じていたであろうか。
 筆者はその後、精神科の臨床心理士として勤務する一方で、陸上自衛隊という組織のメンタルヘルスや自殺予防活動にも広く関わることになった。またイラクやハイチ復興支援などの海外派遣部隊や、東日本大震災の災害派遣部隊のメンタルヘルスにも直接現地で関わった。本書はかつて未熟であった筆者の問いと自責から生まれ、自分自身の人生におけるさまざまな経験の中でカウンセラーとして成長する過程の中で形となって行った。これらの経験を通して筆者は、カウンセラーとは関係性の専門家であるという信念を持つようになった。本書では関係性を「つながり」と呼び、それがカウンセラーにとっていかに大切なものであるかを中心に据えて論を進めて行きたいと思う。あらゆる場面におけるカウンセリングにおいて変わることなく重要なもの、それが「つながり」でありわれわれカウンセラーが専門性の中心に据えるべきものであると思う。
 本書を書き進めるにあたり、はからずもこの作業は筆者自身のキャリアを振り返り、吟味する機会になっていることに気づかされた。この作業を通して筆者は一見分断されていた自分のキャリアが、間違いなく一つの流れを形成していることに気づき、一貫性のある自分という存在を確認することができた。そしてそのことは「つながり」がわれわれの外側にのみ存在するのではなく、内なるものとしても存在することを示唆している。このことに気づいたとき、筆者はカウンセラーとして生きて行くことに少しだけ自信を持つことができたように思う。
 筆者はすでに述べたようにカウンセラーとしては風変わりな経歴とさまざまな経験を持っている。個人の経験から編み出されたものは、単に独りよがりという謗りを受けるかもしれない。しかしながらさまざまな実践の場をくぐり抜けてきたものにはやはりそれなりの説得力があるのだと思う。
 本書がかつての筆者のように自らの専門性に迷いを抱いている皆さんにとって、少しでも参考になればこれ以上の幸せはないと思っている。