『組織で活かすカウンセリング』

藤原俊通著
四六判/230p/定価(2,500円+税)/2013年4月刊

評者 山下吏良(筑波大学医学医療系災害精神支援学)


 私は臨床心理士として海上自衛隊に5年ほど勤務した経験を持つが,私が入隊したとき,著者の藤原氏はすでに自衛隊の臨床心理士のリーダー的存在として活躍していた。自衛隊では,この5年余りで陸海空自衛隊を合わせて200人近くの臨床心理士を採用した。常勤の心理士を短期間に200人も採用した例は他にはないと思われるが,組織の風土に馴染めず現場で戸惑いを抱えている臨床心理士についても藤原氏は優しく受け入れて丁寧にフォローしていた。
 私も自衛隊中央病院で藤原氏が行うカウンセリングに陪席させてもらったり,自衛隊組織の特異性をレクチャーしてもらうなどして,氏の真面目で誠実な人柄に触れる機会が多々あった。本書からはその温かい人柄がありありと感じられ,共感しながら一気に読み進んだ。自殺予防や惨事ストレスケアは自衛隊が他の組織や企業よりも力を入れている分野で,これらはメンタルヘルスの基本でもある。過大なストレスを受けた人にどのように対応するかは,災害などで救援活動に携わる自衛隊,警察,消防等の関係者はもちろん,その他のいかなる組織にとっても重要である。本書にはその基本や考え方,具体的な対応,そして「つながり」で支えることの大切さがわかりやすく解説されている。
 著者は心を病んだ隊員の復職支援にも尽力しており,復職先の職場に働きかける際の注意事項についても豊富な経験をもとに紹介している。構成員個々が強くあることを求められる組織においてメンタルヘルスケアに携わる苦労も含めて,組織の事情も考慮しつつ徐々に浸透させていくことの大切さやコツも述べられており,そのプロセスはいずれかの組織に新たに入って孤軍奮闘している臨床心理士およびメンタルヘルス関係者の役に立つはずである。
 一般に臨床心理士は,主に個人対象のカウンセリングのみの経験で産業や学校といった組織に入るケースが多いため,一般社会人としての経験が少なく,あるいは皆無ということも稀ではない。組織の風土に不案内なまま気持ちばかりが空回りするうちに,自らの理想とのギャップに直面して不適応を起こす臨床心理士も少なくない。本書にはさまざまな現実を見据えて,個人と組織の双方が適切な折り合いをつけることで両者の利益につながることもわかりやすく説明されており,まさに「組織で活かすカウンセリング」のエッセンスがタイトルどおり織り込まれている。
 また「重要なことは現場の力を信じること」という助言は,「やるべきことが多すぎる」と重圧を感じているメンタルヘルス関係者にとっても勇気づけられる言葉ではないだろうか。支援者側が肩の力を抜き,背伸びせずに,できることからコツコツやればよいと原点に立ち返ることが,長い目で見たときに組織のレジリエンスを高めることにもつながると思われる。
 本書には,正確な情報に基づいて冷静な視点からする判断や具体的な対処法の解説,理想論だけでなく現実的に組織の中で取り組むために大切なポイントも的確に描かれ,組織で働くメンタルヘルス関係者のお助け本になる一冊である。また部下指導や組織の統率といったラインケアに悩む管理監督者にもお薦めしたい。
 また,書の最後には思いがけないどんでん返しも用意されている。ともすれば重くなりがちなこの種の本に,ユーモアセンスやサービス精神も感じることができ,本書を書き上げるまでの著者の人生の蓄積みたいなものも味わうことができた。かといって,推理小説で謎が明らかになる結末を先に読むことは掟破りであるのと同様,本書も始めから順を追って読み進めて頂きたい。
 ラインでの経験を持ち,臨床心理士としても豊かな経験を持つ藤原氏の人生が抽出された本書は,さまざまの組織に飛び込んだ臨床心理士にとって,多少の悩みがあろうとも,職場に相談できる人がいなくても,戦略的で実践的なヒントを得つつ,癒される一冊になるものと確信する。