監訳者あとがき

 本書は,ウェブスター−ストラットン(Webster.Stratton)の著作「How to promote children’s social and emotional competence, 1999 」の全訳である。本書は,ウェブスター−ストラットンが開発したIncredible Years(IY)シリーズの一つ,IY TCM(Incredible Years Teacher Classroom Management)の教師向け実践書であり,3 歳から10 歳の子どもが在籍する教室で,教師が学級マネジメントを円滑にできるように,教師をトレーニングすることを目的として書かれたものである。IY シリーズは,ペアレント・トレーニング,子どもトレーニング,そして教師トレーニングの3 部作から構成されており,子どもたちのメンタルヘルスや適応的行動を多角的に増進させることをめざしている。
 2008 年に公刊された児童青年の破壊的行動に対するエビデンスに基づいた心理社会的治療の評価(Eyberg, Nelson, and Boggs, 2008 )によれば,ウェブスター−ストラットンのペアレント・トレーニングと子どもトレーニングは,「十分に確立された治療法」に次ぐ「おそらく効果的な治療法」にランク付けされており,効果的な治療技法としてすでに定着している。本書で取りあげる教師トレーニングは,これら二つのトレーニング技法よりも遅れて開発されたものであり,効果的な治療法としてまだ評価されていない。しかし,ここ数年の間に,教師トレーニングについても無作為割り付け臨床試験(RCT)によるデータの蓄積やウェブスター−ストラットンの研究グループ以外の研究者による追試研究が行われ,「十分に確立された治療法」または「おそらく効果的な治療法」により近い治療法となりつつある。
 教師トレーニングに関するいくつかの研究を紹介しよう。たとえば,ウェブスター−ストラットン,レイド,ハモンド(Webster.Stratton, Reid, and Hammond, 2004 )は,133 名の行為問題をもつと診断された子どもを対象にして,子どもトレーニング,ペアレント・トレーニング,教師トレーニングのあるなしの間で,訓練の効果を比較した。その結果,訓練後の教室で教師行動の観察を行ったところ,教師トレーニングを取り入れた条件で,一貫して優れていることがわかった。つまり,訓練を受けた教師は,統制条件の教師と比較して,批判や手厳しさが少なく,養育的で,一貫性があり,賞賛を多く使い,教えることに自信をもっていた。さらに,訓練を受けた教師が担任する教室では,攻撃的行動が少なく,教師に協力的であり,子どもの学習能力が高まったと報告されていた。
 また,子どもトレーニングと組み合わせて,教師トレーニング・プログラムを評価したウェブスター−ストラットン,レイド,スツールミラー(Webster.Stratton, Reid, and Stoolmiller,2008 )においても,無作為割り付けによって介入群と統制群の比較を行っている。介入群では,ヘッドスタート幼稚園の園児と小学1 年生を対象にして,153 名の教師と1,768 名の子どもにトレーニングを行ったところ,介入学級の教師は,介入時に習得したポジティブな教室マネジメント法を多く使用しており,この学級の子どもは,社会的コンピテンス,情緒的自己調整,学校レディネススキルが統制群の子どもよりも高く,行為問題が減少していた。また,介入群の教師は,親との好意的な関与が高かった。
 さらに教師トレーニングは,ウェブスター−ストラットンの研究グループ以外の研究者によって独立に効果の査定が行われている。たとえば,ベーカー−ヘニンガム,ウォーカー,ポーウェル,ガードナー(Baker.Henningham, Walker, Powell, and Gardner, 2009 )は,ジャマイカにある市街地の24 の保育園でプログラムを実施した。8.9 日間の終日のワークショップ形式で行われた教師トレーニングの結果,教師の教室マネジメントが上達し,教室の雰囲気が改善した。介入群では,子どもにも改善が認められた。
 以上の研究結果を総合すると,ウェブスター−ストラットンの教師トレーニング・プログラムは,効果的な学級マネジメントの知識とスキルを教師に伝達し,落ち着いた,安定感のある,そして協調的な学級を,そして子どもたちを育むのに成功していると言える。こうしたプログラムが,教育現場で必要となっているのは,アメリカ合衆国でも,わが国でも事情は同じようである。たとえば,最近のある調査(Reinke, Stormont, Herman, Puri, and Goel, 2011 )によると,アメリカ合衆国の小学校教師は,教室での適切な行動マネジメントを身につけることが,最も大きな課題だと報告しており,そのための対処法のトレーニングやサポートを求めているという。また,新人教員のほぼ半数が就職後5 年以内に退職していて,子どもの問題行動への対応が困難であることが退職の主な理由の一つに挙げられている。一方,わが国でも,小1 プロブレムと称される問題が指摘され,また,さまざまな行動上の問題を抱える子どもが増え,その対応に教師が苦慮しているという現実がある。小1 プロブレムの現象は,幼児教育の現場には,小学校にあがる子どもたちにどのような資質を準備させればよいかを問いかけ,また小学校の教育現場には,どのようにしてこのプロブレムを解消させればよいかを考える機会を提供している。
 ウェブスター−ストラットンは,先に紹介した三つのプログラムを開発するにあたって,青年期以降の行動上の問題を予防するためには,親や教師が行動マネジメント法やスキル訓練などの認知行動療法に基づいた技法を身につけることによって,家庭で,そして学校で,早期から問題解決スキル,社会的スキル,感情コントロールスキル,行動マネジメントスキルを子どもたちに教えていくことだと考えているように思われる。本書は,教師トレーニングという形で,こうした教育現場の現実に対処する糸口を与えてくれる。本書を通して,幼児や児童が安心して楽しく協力的に過ごせる学級づくりのノウハウを学び,社会性豊かで,情緒の安定した,対人関係スキルに優れた子どもの育成にぜひ挑戦してもらいたいと願っている。
 本書は,幼児教育,小学校教育に携わり,日々子どもの問題行動と向き合っている保育園,幼稚園,小学校の先生方にぜひ読んでいただきたいと思っている。また,これから保育士や教師をめざす学生の皆さんには,子どもとの対応の仕方を学ぶのに役立つだろう。さらに,保育士養成,教員養成に携わっている大学,専門学校の先生方は,教師トレーニングの実際を本書から読み取ることができるだろう。こうした多くの方々に本書が活用されることを願っている。

平成25 年4 月
佐藤 正二
佐藤 容子