はじめに

 われわれの日本家族研究・家族療法学会が設立して30 年という記念すべき節目に,われわれの手になるこのように包括的な家族療法のテキストブックが刊行されることとなり大変うれしい限りです。設立20年のときも「家族療法リソースブック」を同じく楢林理一郎先生が編集委員長になって,その陣頭指揮のもと会員の執筆者の総力をあげて刊行したのをつい昨日のように思い出します。リソースブックが国内外の重要文献を抽出し,紹介するという歴史的な責務を担ったものとなりましたが,このテキストブックは,まさに今日までのわれわれの学会の学術的・実践的総括ともいえる内容になっています。すべての執筆者がそれぞれに分担した項目に明るいだけでなく,その実践者たちでもあるという点でも,30年前のわが国における家族療法の状況とはまさに隔世の感があります。
 1984年の設立当時はサルバドール・ミニューチン先生をお呼びするなどして以降,主に米国からの名立たるマスターセラピストたちを毎年のように招聘しワークショップや講演をしていただきました。書物ではわからなかった彼らの臨床を実際の面接の映像を通して学んだり,直接指導を受けるなどして「家族療法」を貪欲なまでに取りこむ時期がしばらく続きました。はじめはミニューチンの面接イコール「家族療法」と思いこむ人々もいたりして,とりわけ旧来の個人療法家からは「家族療法」は個人を軽視した乱暴な治療法だとのそしりを受けることもしばしばでした。しかし,だんだんとわれわれの家族療法に対するイメージも招聘講師の数に比例するかのように広がり,たくさんの理論と広大な適用範囲があることを知り,それに伴いあたかも家族が病因環境と読み取られてしまう「家族療法」から「家族臨床」という裾野の広い呼称の方が馴染んできました。
 こうした時代的変遷を経て各執筆者が,わが国での実践から得た「家族臨床」をこれから学ぼうとする読者,現在実践している臨床家,そして研究者のためにできるだけわかりやすく記述したこのテキストブックが広く長く愛読されることを切に期待しております。

(中村伸一)