家族療法とは 序にかえて

はじめに

 家族療法とは,個人や家族の抱えるさまざまな心理的・行動的な困難や問題を,家族という文脈の中で理解し,解決に向けた援助を行っていこうとする対人援助方法論の総称である。
 家族療法の中にはさまざまな理論や技法の考え方がある。家族療法という言葉は単に一つの理論や技法を示すというより,多様な家族援助の理論や実践の考え方の全体を覆う「傘」のような幅広い上位概念と考えた方が理解しやすい。
 本書は,家族療法の多様な考え方や実践の全体像を紹介し,読者に家族療法への理解を深めてもらうことを意図して企画された。本書を通して,家族療法とは,どのような考え方に立ち,どのような臨床活動を行い,どのような理論的な探究を行う臨床領域であるかを理解していただき,これから家族療法の理論や実践に向けて歩みを進めようとする臨床・研究家のための礎となることを期待している。

家族が臨床の対象となること

 家族療法の臨床活動の対象は家族である。これまで心理療法の多くは,個人を対象とした臨床をその基本的な枠組みとしており,家族が臨床場面に登場することには慎重であった。仮に臨床場面に家族が登場する場合にも,家族はクライアントである個人に関する情報提供や,家庭での療養上の世話や介護役を期待されるなど,臨床場面においてはいわば脇役的な位置に置かれることが多かった。
 しかし,たとえば精神疾患は個人の病いであると同時に,生活を共にする家族にも大きな影響を与え,また影響を受ける。精神疾患の臨床場面においては,患者個人のみならず家族もまた困難や苦悩を抱え,援助を求めてくる。治療者は家族の訴えにも耳を傾け,援助の手を差し伸べることが求められる。このような事情は,不登校や虐待,非行など子どもに表れる問題を扱う臨床場面では,より明らかとなる。家族とのかかわりを抜きには子どもの臨床は成り立たない。あるいは,クライアント本人が臨床の場に現れることの困難なひきこもりの臨床においては,家族とのかかわりが援助の始まりとなる。
 すなわち,家族もまた臨床の対象として捉える視点が家族療法の出発点となる。

家族という概念

 ところで,「家族」という概念は時代や社会,文化によっても多様な意味をもつ。実際,家族を定義することは困難であり,臨床場面で家族の定義にこだわることはほとんど意味を成さない。臨床的には,来談した家族が「これが私たちの家族です」と紹介した人々の集まりを家族と呼ぶことが実際的であり,家族療法家が出会うのはこのような人々の集まりである。
 したがって,家族療法家はさまざまな形態や価値観を持つ家族と出会うことになる。時には家族療法家の価値規範に収まりきらないユニークな価値観に触れることもある。家族療法では,そのような家族の多様な価値観に対して,正常や異常,病理的などという判定的な態度を慎むことが求められている。家族の多様性を受け入れる先入観のない姿勢が家族療法の基本となっている[. 1]。

家族療法への視点

 家族療法は,もともと統合失調症の家族研究の中から生まれてきた歴史をもつ。現在では精神科臨床・心理臨床の領域を超えて,心理的,行動的な苦悩や困難を抱える家族とその家族を援助しようとする臨床家とで構成される広範な臨床領域において,家族療法に基づくさまざまなアプローチが応用,実践されている。 家族療法は,個人ではなく家族を対象とすることから,個人療法とは異なるいくつかの特徴的な臨床の視点が見られる。
 最も基礎になるのが,家族療法では,家族を全体として捉えようとする視点に立つことである。すなわち,家族成員の一人ひとりの行動に注目して,その総和として家族を理解しようとするのではなく,家族を全体としてみること,とりわけ家族成員間の「関係性」に注目して家族の動きを理解しようとする。 その際に用いられるのが,円環的思考の視点(円環的認識論)である。この視点に立つと,たとえば不登校や摂食障害など個人の問題と見なされていた出来事が,個人を取り巻く関係性の文脈の中で捉え直されることになる。すなわち,個人になんらかの原因があるから問題が起きるという見方(直線的思考)をするのではなく,家族成員間の一連の相互作用の中の一場面として理解し直すことが可能となる。
 家族療法は,円環的なもの事の捉え方を理論化するにあたり,システム論的な視点を採り入れた。わが国では「システム論的家族療法」と総称され,家族療法の基礎的な方法論を構成している。
 また,関係性に注目していく視点からは,その対象は家族に限らず,関係性で結ばれる人間関係のネットワークであっても同様のアプローチは可能となる。家族に限らず,家族を取り巻く学校,地域,職場というような環境を含めた対人関係のネットワークも家族療法の対象として可能なため,システム論的家族療法はより広くシステムズ・アプローチと呼ばれる場合もある。

家族療法的な態度

 家族療法という言葉は,英語圏での「family therapy」に由来している。そのため,家族療法という言葉をそのまま解釈すると,「家族に原因があるため,家族を治療する」治療のことと誤解を生むことがある。時には,来談した家族自身がそのように誤解していることもあり,治療への動機づけを阻む要因となることがある。円環的な視点に立つ家族療法では,関係性の文脈で出来事を理解しようとするため,個人や家族の誰か特定の家族成員の個人的な要因(性格や病理)が原因で問題が起きるという考え方をしない。円環的な思考では原因の探求をしないため,臨床場面においても家族成員の誰かの非をとがめることをしない臨床が可能となる。「悪者探しをしない」ということが,家族療法のもう一つの特徴を表している。家族療法がポジティヴな治療的な雰囲気をもつのは,このことも大きな要因となっている。
 さらに,直面する困難を乗り越え,回復していく力は家族自身の中に本来備わっていると考えるところに,家族療法の基本的な態度がある。
 家族が自ら問題を解決し,困難を乗り越えていくプロセスを援助していくことが家族療法家の役割となる。家族のレジリエンスやエンパワメントという概念は,家族療法の背景に流れる家族の持つ回復する力への信頼を表している。

家族療法と会話

 家族療法における面接場面で実際に起きていることは,治療者と家族との会話のプロセスである。会話が進むにつれ,家族が従来気づくことのなかった出来事の新たな側面や気づかなかった別の肯定的な意味などを思い起こすことで,それまで困難に打ちひしがれていた家族が新たな意味や可能性を見出し,悲観的にしか見えなかった未来が新たな相貌を帯びて語り直され,家族は力を回復していくことができるようになる。このような治療的な会話のプロセスは,治療者と家族の相互に対等で協働的な作業を通して維持され,新たな意味はその会話のプロセスの中に生み出される。
 そのような会話のプロセスを構成していくこと自体が実は治療的に重要であることが注目されるようになり,新たな家族療法の考え方が拡がってきた。
 1990年代から始まるこのような流れは,社会構成主義(social constructionism)の考え方などを背景に,その後「ナラティヴ・セラピー」あるいは「ナラティヴ・アプローチ」と呼ばれる一連の流れとして注目され,従来のシステム・サイバネティクスに基づいた家族療法に新たな視点を加えるものとなっている。

統合的,実証的な家族療法へ

 家族療法の領域ではこのように多様な方法論が発展しており,実際の臨床場面では,臨床家は直面する現実的な問題やテーマにふさわしい有効な方法論や技法を組み合わせて実践し,あるいは理論統合して発展させていこうとする流れにあるこのような統合的な家族療法の考え方が近年の家族療法における大きな流れとなっている。
 また,統合的な家族療法の実践の背景には,近年その重要性が認識されている科学的根拠に基づく実践(evidence-based practices; EBP)の考え方も影響を与えている。他の心理療法と同様に実証研究には困難を伴うが,徐々に成果は蓄積されつつある。

臨床領域の多様性と多職種性

 家族の抱える心理的・行動的な困難への援助に携わる臨床領域は大変広い。たとえば精神医学,心理学的領域をはじめ,一般身体科領域,学校教育領域,非行臨床領域,ソーシャルワーク領域,高齢者介護の領域など,およそ臨床家と家族が出会う場面すべてにおいて,家族療法のアプローチは応用可能であるため,その実践領域は多岐にわたる。また,家族のいない孤立した個人であっても,地域における社会的なサポート・ネットワークを形成する視点から,関係性を扱う家族療法が応用できる。
 また,臨床領域の多様性は,その領域に携わる専門家の多様性をももたらす。
 わが国の家族療法において精神科医,心療内科医,心理士,保健師・看護師,ソーシャルワーカー・精神保健福祉士,学校教師・養護教諭,児童相談所・児童養護施設職員,司法・矯正保護機関の職員,文化人類学者,宗教者など多彩な職種の人がかかわっていることも特徴である。

おわりに

 家族療法は,広範な臨床領域と多様な理論的背景を持つ一群の臨床的アプローチである。その全体像を理解するのは容易ではないかもしれないが,ここではその概略について要点を素描した。ここで触れたことのより詳しい内容は,それぞれの章を読み進んでいただきたい。
 特に,わが国のさまざまな臨床領域で実践されている内容については,本書の臨床編にそれぞれの領域の第一人者によって要点を押さえて紹介されている。読者が多様な臨床領域に属していることを前提に章を構成してあるので,家族臨床に携わる多くの読者にとっても,どこかに自分の実践を重ね合わせることが可能なのではないかと思われる。
 理論は常に実践に触発されて発展し,かつ実践は理論に導かれて深化する。家族療法は,家族という最も時代や社会の変動の影響を受けやすい対象を前にして,その理論と実践とが相互に影響し合いながら発展している知的・実践的なダイナミズムをもった臨床領域ということができる。
 本書は,わが国の家族療法の現在の姿を可能な限り広く紹介し,家族療法への理解が深まることと,次代を担う若い臨床家に役立つことを期待している。

(楢林理一郎)