なぜ『臨床作業療法』?

 ひとは生きるために作業をする。作業することで成長する。作業することで不安を軽減し、生活を楽しむために作業をする。作業療法は、そのだれもが生きるために日々おこなっている生活のいとなみ、生活行為を治療・援助の手段とし、生活を構成するさまざまな作業をもちいて、たとえ生活機能に障害があったとしても、その人にふさわしい生活を送るために必要な作業行為ができるよう手を添える。
 ひとにとって生活行為とは何か、ひとが作業するとはどのようなことか、生活行為を手段とし、作業をもちいる療法とはどのようなものなのだろうか? 序のかわりに、今ではすっかりわたしの生活そのものになってしまった、作業療法について、またどうして本書の題名が『臨床作業療法』なのかについて、わたしと作業療法との出会い、臨床での体験を通して、紹介する。

わからないことばかり

 わたしが、生活行為を手段とする療法、作業療法という職業があり、その資格を取るための学校があるということを知ったのは、一九七八年が終わろうとする十二月の半ばだった。はじめて『作業療法(occupational therapy)(注1)』ということばを聞いたとき、それまでの治療医学とは何か違うものがありそうな、そんな予感がした。
 年明けの二月に入学試験があるという。作業療法が何かもよくわからない。とにかく一度受験して様子を見てみようと思い、二か月あまりの準備で、何かありそうという予感(直感)に惹かれるままに入学試験を受けることにした。
 受験二日前に父が脳梗塞で倒れて入院した。当時、大阪に住んでいたので、受験をあきらめて父の様子を見に(島根県まで)帰ろうと実家にかけた電話に、「今すぐ帰っても、お父さんが治るわけじゃあなあけぇねえ。あんたが決めたことをしてから、ゆっくり帰ってきたらええ」と母が言った。
 それが転機だったのかもしれない。受験を済ませて父に会いに帰った。運良く入学がきまり、四月から三十路の子連れ学生生活が始まった。しかし、はじめて歩む道とはいえ、わからないことばかりだった。
 学んでいるときも、そして臨床に携わるようになってからも、
作業療法でもちいる『作業(occupation)』とはなんだろう?
ひとが作業するとき、精神や身体に何が起きるのだろう?
作業の過程や結果は何を意味するのだろう?
ひとと人が作業を介してかかわるとはどういうことなのだろう?
『作業療法(occupational therapy)』って本当になんだろう?
『作業(occupation)』にどのような意味やはたらきがあるのだろう?
『作業(occupation)』をもちいた治療とはどうするのだろう?
と、わからないこと、知りたいことばかりだった。
 そうした、つきない興味や関心とともに、次々と湧いてくる疑問を解く系統だった書物も、そうした疑問に答えてくれる先達もいなかった。
 もっとも悩んだのは、作業療法の効果とは何か、作業療法は本当に有効なのだろうかということだった。そんなわからないことだらけなのに、チェインジキャリア(注2)した新しい学びの道には、それまでとは異なる出会いや発見があるような、ときめきとわくわく感に満ちていたのも事実である。今にして思えば、それはわたし自身の作業療法の扉が開いたときだったのだろう。
 学びのはじめに、「治療医学は疾患を対象とするが、作業療法は障害がある人とその生活を対象とする、そして、『作業(occupation)』と『集団の力(group dynamics)』『自己の治療的利用(the therapeutic use of self)』をかかわりの手段に、人々の健康な生活を促進する」と教わった。
 また、米国作業療法の父と言われたダントン(Dunton (注3))(一八六八〜一九六六)の「人間にとって作業は水や食物と同じように必要なものである」いうことばや、ライリー(Reilly (注4))(一九一六〜二〇一二)が作業療法の共通理念(仮説)としてあげた「ひとは心と意志に賦活されて両手を使うとき、それによって自身を健康にすることができる(Man, through the use of his hands as
they are energized by mind and will, can influence the state of his own health (1))」といったことなど、作業療法の基本理念とでもいえるものを教わった。
 そうした理念を抱いて、志し高く、精神科主体の総合病院で臨床を始めたのが一九八二年、三三歳の春のことだった。

だれも知らない新しい領域

 わたしが就職した一五〇〇床(精神科病床数約一一〇〇床、一般病床数約四〇〇床)あまりの病床数を有する精神科を主体とした総合病院には、医師や看護関係をはじめ七〇〇名ほどの職員が勤務していた。総合病院として理学療法部門は開設されていたが、作業療法は精神科作業療法認可取得にむけた準備が始められたばかりで、身体障害作業療法は未開設であった。まだ、だれ一人として新しい『作業療法(occupational therapy)』を知っている者はいなかった。それまで作業をもちいるかかわりは、生活療法(注5)で『しごと療法』もしくは『あそび療法』としておこなわれていた。
 そうした生活療法の知識や経験しかない人たちにとって、療法として処方を受け、生活史や現病歴、心身の機能などを評価し、治療計画を立てて実施することで、診療報酬を得る作業療法があるなど、だれも予想もできなかったものと思われる。
 一九八〇年代初頭の精神科病院で、一般の職員はともかくとしても、他の医療従事者たちが理解していた作業療法は、寛解した患者に、遊びや娯楽などと併せて、病院内の作業や、業者委託の仕事などをさせるといったものであった。
 実際に生活療法で『しごと療法』としておこなわれていた作業は、紙袋に持ち手の紐をつける作業や箱折り、学習雑誌の付録の袋詰め、新聞の折り込みのような下請的な内職作業、そして本来なら病院の職員がしなければならない配膳や清掃、カルテ整理など、院内のさまざまな業務・雑務、さらに食料生産を主目的とした農耕園芸、退院可能なくらいに回復した患者が外勤作業と称して近隣の職場に出向いて働く仕事などであった。
 そのような状況のなかで、『作業療法(occupational therapy)』と生活療法の作業(仕事)との違いを問われ、さらに『作業(occupation)』をもちいる意味や効果を問われながら、三三歳の新人の作業療法士の試行と思考の日々が始まった。
 精神科病院という異境の地に迷い込んだような旅の道連れは、同期で学んだ一回り年下の女性作業療法士一人であった。彼女が音を上げたら、孤軍奮闘の状態になるという厳しいものだった。
 自分の仕事を理解する者がいない異境の地における心の支えは、教わった理念と未知の世界を旅するわくわく感だけであった。しかし、その理念も揺らぎ、わくわく感すら消えかける毎日が続いた。精神の障害とは何か、その治療や処遇は本当にこれでいいのか、新たな疑問が増えた。
 それ以上に、最初は自分がおかれた精神科医療そのものの状況が理解できなかった。そのため、その状況を理解しようと、学生時代にはほとんど興味を抱くことがなかった精神科医療やリハビリテーションの創世記からの経過と、わが国におけるそれらの歴史を紐解くことから始めた。
 そして次第にその状況が明らかになるにつれ、理念の揺らぎは、この状況を何とかしなければという思いに変わっていった。さらに、精神科作業療法の開設、定着とともに、一般科病棟に入院している患者が、自分の現状否認から抑うつ状態になったり、時には精神病症状を呈し理学療法が施せない者、また精神科の入院患者で身体的なリハビリテーションが必要となった者への対処のために、精神障害作業療法に併せて身体障害作業療法を開設した。精神科病院の中での身体障害作業療法の開設は、どこでもまだ手がつけられていない領域であった。

米ですら、ましてや

 作業療法の源流は一八〜一九世紀の精神障害に対する『道徳療法(注6)(moral treatment)』にあるとされる。しかし、広く心身の障害に対する治療や援助技法としてもちいられるようになったのは、二〇世紀初頭の『アーツアンドクラフツムーブメント(注7)』がきっかけであった。当初は、作業や仕事をもちいる治療という意味で、『作業治療(occupation cure)』『仕事治療(work cure)』と称されていた。そしてその欧米のリハビリテーションは、二度の世界大戦にともなう復員軍人の再建プログラムを機に定着した。作業療法の理念や技術は、その歴史のなかで体系化が始まった。
 わが国においても、二〇世紀初頭から、作業をもちいたかかわりが精神科領域で試みられていたが、医療の中にリハビリテーションの一技法として導入されたのは、世界大戦後のことである。
 一九六二年に理学療法士と作業療法士の養成が始まり、一九六五年に『理学療法士及び作業療法士法』が身分法として制定されて、医療従事者として国家資格を有する作業療法士が誕生した。
 もっとも診療報酬の対象になったのは、それから九年後の一九七四年のことである。
 わたしが作業療法士の資格を取得したとき、作業療法士の国家資格化が始まって一七年経っていたが、わたしの作業療法士免許の番号は八〇〇番台であった。全領域含めて日本に作業療法士が千人いなかったのである。
 このように、リハビリテーションそのものが、医療の世界においては新しい専門領域であったため、わたしたちが養成学校で作業療法を学んだ一九八〇年頃には、技術的に確立されたものもいくつかあるにはあったが、その理論や治療モデルと実践との間には、ずいぶんと大きな隔たりがあった。

だからこそ臨床作業療法

 身体障害者に関しては一九四九年に『身体障害者福祉法』が、知的障害者に関しては一九六〇年に『精神薄弱者福祉法(知的障害者福祉法)』が制定された。そして、一九七一年に『精神薄弱者の権利宣言』が、一九七五年に『障害者の権利宣言』に採択された。しかし、精神障害者に対しては、一九七〇年の『心身障害者対策基本法』(障害者基本法の前身)においても、心身障害者には含まれないとされていた。
 世界保健機関(World Health Organization ; WHO) が、一九八〇年に『国際障害分類(注8)(International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps ; ICIDH』を国際疾病分類(ICD)の補助分類として発表したことで、病気と障害の違いが明らかにされた。その翌年一九八一年には、国際連合(United Nations)が国際障害者年(注9)を指定した。この『国際障害者年』、『国
連・障害者の十年』などを契機に、精神障害者も障害者であり、福祉施策が必要ということが認識されるようになった。
 しかし、長期収容施策がとられてきたわが国で、通信の自由などを含む処遇改善に手がつけられ始め、精神科病院の開放化運動が始まったのは一九八〇年頃で、精神障害者が障害者として明確に福祉の対象として位置づけられたのは、一九九三年の『障害者基本法』においてである。
 保健医療福祉がこのような歴史的経緯をたどるなかで、わが国の作業療法は、すでに述べたように一九六五年に施策誘導により誕生した。わたしが作業療法士として仕事に就いたのは、このような時代であった。したがって、作業療法はどの領域においてもそうであるが、特に精神障害領域における作業療法にとっては、その日々の臨床が実践の場であると同時に研究の場でもあった。治療仮説を立てて試行し、そのなかで見られる現象を分析し、技術としての体系化を試みる日々が続いた。
 そうした経過のなかで、精神障害、身体障害を問わず、作業を療法の手段とする理論的根拠として、ひとにとっての作業の意味、作業行為と脳や身体との関連、ひとの生活の成りたち、ひとと人の関係など、冒頭で述べたようなわからないことが、さらに強い関心に変わり、その解明にむけた現象の観察と記録が始まった。
 このような臨床における試行から、一九九七年に『精神障害と作業療法』(三輪書店)、一九九九年に『ひとと作業・作業活動』(三輪書店)、二〇〇〇年に『ひとと集団・場』(三輪書店)と、ひとと作業、ひとと人とのかかわり、場の影響など、疑問であったことが少しずつことばになりはじめた。
 臨床の体験をことばにする、その最初の言語化が書籍という形になるまで、作業療法を生業(なりわい)として一五年が経っていた。
 いずれ学問としての体系化がなされる時代が来れば、身体機能と作業の関係、脳機能と作業の関係なども、それぞれ作業療法の基礎研究領域としておこなわれるようになるであろう。しかし、作業をもちいる治療・援助のすべてが、対象者とのかかわりのなかにある。基礎研究から得られた作業理論やモデルも、臨床に見られる現象の観察と分析から得られた作業療法モデルも、すべて臨床を通した検証を抜きには成りたたない。作業療法は、臨床に始まり臨床に終わると言っても過言ではないだろう。
 だからこそ今、あらためて『臨床作業療法』なのである。

臨床の覚え書きとして

 本書の構成を簡単に紹介する。
 はじまりの第一章は、『身体そして作業』として、作業やひとが作業することを療法の手だてとする『臨床作業療法』の基本的命題とも言える、身体、作業や作業すること、病気・障害と作業・身体の関係、療法でもちいる作業などについて整理を試みる。
 そして、第二章では、『作業をもちいる療法の基本』を示す。そもそも作業療法とは何か、作業療法では病気や障害をどのようにとらえるのか、作業療法のしくみである治療・援助形態、回復状態に応じた作業療法、作業療法導入のコツ、作業療法における評価の考え方、そして作業療法と他の治療との関係など、作業療法の基本について述べる。
 第三章は『作業をつかう』と題して、安心・安全の保障や基本欲求の充足、作業遂行特性の評価や生活技能の習得などにおいて作業をどのように使うのか、作業をもちいる療法の神髄とも言える作業の使い方を紹介する。
 第四章の『作業療法の臨床』では、心の病いでひとは何を体験するのか、何が原因でそのようなことが起きるのか、一般的にはどのような治療・援助がなされるのか、作業療法では何ができるのか、自分の臨床経験から得た作業療法の臨床について紹介する。
 最後の章、第五章では、『作業療法臨床のコツ』を紹介する。わたし自身が作業療法の臨床を通して学び気づいた臨床のコツをいくつか紹介する。すでに臨床をされている読者は、この章から読まれるのもいい。
 ともあれ、本書『臨床作業療法』は、一九八〇年代初頭から、主に精神障害をはじめとし、合併症や認知症、広汎性発達障害、高次脳機能障害など、精神認知機能の障害領域を中心に、作業療法の臨床、教育、臨床研究に携わってきた一人の作業療法士が、体験を通して得た『確からしさ』を書き留めた、ひとの作業行為を治療・援助の手段とする療法に関する臨床の覚え書きである。


  1. わが国の精神障害領域における作業療法は、歴史的に大きく三つの流れがある。一つは、呉秀三(1)に始まり加藤普佐次郎(2)らに引き継がれ、作業治療と称して実践された伝統的作業療法と称されているもの、次に小林八郎(3)が提唱した生活療法で仕事療法(work therapy)と称されたもの、そして作業療法士による『作業療法(occupational therapy)』である。わが国の作業療法士の養成は一九六三年に始まり、一九六五年に『理学療法士及び作業療法士法』(身分法)の制定で国家資格となった。このときにリハビリテーションの技法として導入されたoccupational therapy が作業療法と訳された。
  2. わたしは一九七二年に広島大学工学部の造船工学科を卒業し、船の設計の傍ら、学生時代からかかわりはじめた『土の会(4)』活動で『病いや障害があっても町で暮らす運動』をおこなっていた。そのボランティア活動をライフワークにするため、一九七九年に作業療法士の養成校に入学した。そして一九八二年、作業療法士の資格を取得し、精神科主体の総合病院に勤務を始めたという経歴をもっている。
  3. 米国の精神科医で、一九一七〜一九一九年に第二代米国作業療法協会長
  4. 米国の作業療法士で、有能感と達成感、仕事と遊び、作業役割、作業遂行能力などをキーワードとする『作業行動パラダイム』と呼ばれる理論を構築した。
  5. 一九五六年頃より医師小林八郎によって提唱され、『くらし療法』とも呼ばれた。生活指導、あそび療法(レクリエーション)、しごと療法(これが作業療法と呼ばれていた)を総括したもの。全国的に広がり閉鎖的で沈殿した病院を活性化したが、一方で患者の集団管理や病院業務の労力不足の補いにもちいられ問題となった。この作業療法と呼ばれ、生活療法の中で形骸化したしごと療法とoccupational therapy が混同されたことが、わが国の精神保健領域における作業療法の普及に大きく影響した。
  6. 『人道療法』とも訳され、一八世紀末から一九世紀初頭にかけて、ピネルやテュークらによって精神病院に導入された治療活動の総称をさす。宗教・倫理・哲学的な背景に基づく人道的処遇、人間として健康な側面への信頼、非人間的な扱いからの擁護により、病者に対し仕事や余暇などの楽しみを含んだ規則正しい生活や自律的で善いおこないを指導する。
  7. 一九世紀後半にWilliam Morris らが起こした産業社会で失われた人間の尊厳を取りもどそうという美術工芸運動で、二〇世紀初頭に米国で病者や社会的弱者の社会化、教育や治療の場として広がった。
  8. 国際障害分類は、障害を『機能障害(impairment)』『能力障害(disability)』『社会的不利(handicap)』の三つのレベルに分類することで、病気と障害の関連と違いを示し、障害分野に共通の思考枠組みを提示することで、リハビリテーション、保健、福祉など広く貢献した。しかし、障害を疾患の諸帰結とした医学モデルであり、一方向的な経時的因果関係というイメージを与えること、健康な側面や環境の影響、障害相互の影響が考慮されておらず、障害をマイナスの側面でしかとらえていないといった問題点が指摘されていた。二〇〇一年に国際生活機能分類として改訂された。
  9. 『完全参加と平等』をテーマに、障害者の社会への身体的及び精神的適合の援助、障害者雇用の機会の創出、その啓発などを謳い、一九八三〜九二年までを『国連・障害者の十年』とした。
文 献
  1. Reilly M(1962 ) The Eleanor Clarkle Slagle Lecture, Occupational therapy can be one of the great idea of 20th century medicine, American Journal of Occupational Therapy, 16 (1), 1-9.
  2. 呉 秀三(一九一六)移導療法(秋元波留夫・冨岡詔子編著、一九九一「新作業療法の源流」一二八―一四五頁、三輪書店)
  3. 加藤普佐次郎(一九二五)精神病者に対する作業治療ならびに開放治療の精神病院におけるこれが実施の意義および方法(秋元波留夫・冨岡詔子編著、一九九一「新作業療法の源流」一七一―二〇四頁、三輪書店)
  4. 小林八郎(一九六五)生活療法(江副勉他編「精神科看護の研究」一七四―二八八頁、医学書院)
  5. 山根 寛・木村浩子(二〇〇九)「土の宿から『まなびやー』の風がふく」青海社