おわりに

春日武彦

 うつの人から、「もっと元気が出る薬はないんですか?」と尋ねられることがしばしばある。これは医療者にとって困った質問で、なぜならそのような薬はほとんどないからだ。もしあるとしたら覚醒剤ということになってしまう。一応、賦活作用が効能に謳われている抗うつ薬もあるけれど、なかなか謳い文句のようには作用してくれない。
 「上手い具合に元気が出ずに、下手をするとイライラや焦りが出てきたり、元気を通り越して躁状態(躁転)になってしまいかねないんですよ。基本的に精神科の薬は、抑えるとかバランスを取る方向に働き掛けるものと心得ておいてください」と答えるしかない。
 ことに現代型うつの人は、元気が出ないイコール病気といった発想をしがちのようである。病気なんだから、それを治すのは医療者の義務であろうといった論法になりかねない。あるいは、どこかに元気の出る薬があって、それが問題を一挙に解決してくれる、と。
 とりあえず薬で多少なりとも底上げを図って、あとは生き方―ものごとの感じ方、受けとめ方、価値観、優先順位、生活態度(むしろ世渡り術と言うべきか)、幸福へのイメージなどを調整していく。同時に環境や状況へも可能な範囲で「すり合わせ」を試みる。そうやって仕事へ復帰するための練習を重ねていく。うつを「損をした」「ひどい目に遭った」「××さえなかったら」と恨まずに、人生を仕切り直す好機と捉えたほうがいいですよと伝える。それが基本的なスタンスとなる。だが当事者としては、そんなことを言われると「なまぬるい」と感じるらしい。医療者の言い訳みたいに聞こえがちのようである。
 古典的うつ病では寛解して職場へ戻っていけるケースが多いが、それに比べて現代型うつでは、人生の進路に変更を余儀なくされることが多い気がする。そもそも現代型うつには脳内の生化学的異常というよりも不適応の顕在化といったニュアンスが強い。ならば、「元気の出る薬」によって空元気が出たとしても不適応の実態が変わっていなければ、いずれ破綻を生ずるに違いなかろう。職場の環境や仕事内容や対人関係の問題なのか、それとも当事者本人の柔軟性や考え方やストレス耐性の問題なのか。家族関係はどうなのか。おそらくそれらのすべてに問題があって「うつ」に陥っているのだろう。自分の内面を(地道な努力によって)多少なりとも変えてみても、なかなか効果は出るまい。それでも根気よくさまざまなアプローチを図っていくしかない。
 「はじめに」では、結果オーライでとにかくあれこれやってみよう、でも根気よくやらないとね、といった「おおらかな姿勢」の重要性が述べられていた。こうすればズバリ解決なんて方法はない。でもそれは「打つ手がない」ことを意味してはいない。人それぞれの方法があるということで、逆に言えば、それほどに多様性がある状態を「うつ」と一括りにしてしまう診断のありかたに問題があるし、また診断されることによって医療への過剰な期待が生まれるということになろう。悔しいけれど、「あっという間に」「みるみる」なんてことを期待しないところからスタートせざるを得ない。いや、「あっという間に」「みるみる」なんて事態が起きたら躁転でも疑ったほうがいい。
 根気よくやっていくのは辛いものである。これでいいのだろうか、重要なことをおざなりにしてはいないか、無駄なことをしているのではないだろうか、と疑惑が生じてくる。不安になってくる。だからこそ、経験豊富な複数の執筆者が知恵を持ち寄ることに価値が生じてくる。本書によって知識を獲得し援助の姿勢を掴み取っていただくと同時に、援助者(と当事者)にとって「長期戦」の心の支えになれれば嬉しい、と考える次第である。