あとがき

初めて役に立つ支援を受けました

 本書のプログラムを受けて,このような感想を述べる家族は少なくありません。
 その為か,本書のプログラムのドロップアウト率は非常に低いのが特徴です。毎回のプログラムで学べることが多く,達成感を得られることが大きな要因と考えられます。また学習する内容が決まっているため,支援を終えるまでの見通しを持ちやすく,このプログラムが終わるまでは何とか頑張ろうと思えるのでしょう。
 中断しやすい家族支援において,こうした点は,このプログラムの大きな強みであると言えます。

とりあえず試に行ってみようかなと思った

 家族が本書のプログラムを受けて,ひきこもりの若者が相談に来た際にこのように述べることがあります。この発言から,支援を受けることにそれほど乗り気ではないと言えます。しかし,社会との接触を回避し続けてきた若者に,支援を求める気持ちが芽生えてきたという事実は大きな意味があります。この変化は,回避ばかりをしてきた若者の行動パターンが,社会への接近し始めていることを意味しています。この変化は,行動のベクトルが180 度逆転する程の大転換なのです。
 CRAFT プログラムで,ひきこもりの若者が支援を求めるようになるところまでは導くことができます。しかし,ようやく支援を求めた若者とつながれるかどうかは,若者が出会った支援者の力量に完全に委ねられています。若者とのつながりを保つには,このプログラムで重視している「惹きつける」力が必要となります。つまり,若者にとって魅力ある支援を展開できるかが,このプログラムを終えた後のひきこもり支援の正念場となるのです。

漠然と感じていることがまとめられていてすっきりした

 このプログラムをご覧になられて,このように感じられた支援者は多いでしょう。事実,本書のプログラムについて研修を行うと,このような感想を頂くことが少なくありません。特に,ひきこもりの家族支援をある程度経験された方がこのような感想を抱くことが多いです。
 ひきこもりの家族支援は,体系的かつ具体的に実施する必要があるわけですが,この条件を満たす支援を行える支援者を育てるには相当の時間と教育が必要となります。このプログラムは,体系的かつ具体的な支援をマニュアル化したものであり,ひきこもりの家族支援の基礎を学ぶのには格好のプログラムであると考えています。こうしてマニュアル化することは,ひきこもりの家族支援に困難を抱いている支援者や十分な支援を受けることができていない家族の双方にとっての光明になります。
 本プログラムの効果については,その成果がいくつか報告されつつありますが,今後さらなる実証が必要とされます。さらなる強固なエビデンスの収集が今後の課題です。読者の皆様には,こうした現状を改善すべく,本書をお読みになった忌憚なきご意見を頂ければと考えております。
 ところで,CRAFT プログラムをひきこもりに応用する試みの始まりは,Smith& Meyers(2004 )を境ら(2012 )が監訳した『CRAFT 依存症患者への治療動機づけ』のあとがきにも紹介されています。また,本書の制作に当たっては,第二著者である野中俊介君が修士論文(野中,2011 )で筆者の指導を受けながら,本書のプログラムのプロトタイプを作成してくれました。それもとに,数年に渡る改訂(境,2013 )を重ねてきた成果をこのような形で上梓するに至っています。
 時をさかのぼると,そもそも著者がひきこもりの研究を始めるに至ったのは,2001 年に一人のひきこもりの若者と出会ったことに由来しています。そして,その方のご家族と一緒に埼玉県で行われていたひきこもりの親の会に参加した際に,NPO 法人全国引きこもりKHJ 親の会の創始者である故・奥山雅久氏と出会いました。奥山氏との出会いは,私がひきこもりを研究テーマとするターニングポイントとなっています。その奥山氏は2011 年3 月に亡くなれましたが,引き継いだ池田佳世先生の協力のもと,KHJ 親の会とは2004 年から現在までに10 回のひきこもりの実態調査を共同で実施しており,この調査資料が本書の背景理論を構築する上での欠かすことのできないエビデンスとなっています。
 2001 年に,ひきこもりの研究を始めた当初,早稲田大学大学院人間科学研究科のメンバーとひきこもりの研究会を立ち上げ,当時,筆者の指導教官であった坂野雄二先生(現・北海道医療大学心理科学部・教授)の指導を受けながら,チームで研究を遂行していました。当初の研究会メンバーは,現在では各分野の第一線で新進気鋭の研究者として活躍しており,こうした優秀なメンバーと初期の研究活動を行えたことが,今日の研究の礎となっています。また,その後赴任した志學館大学,徳島大学で共に研究に励んだゼミ生の力がなければ,本書も日の目を見ることはなかったでしょう。
 こう考えると,多くの人との出会い,支えがあり,こうして本書を上梓できたわけです。これまでのご協力,ご支援に心から感謝申し上げます。
 私事ではありますが,本書の執筆を進めるなか,2013 年1 月に父が逝去しました。父にも,奥山氏にも本書を是非見てもらいたかったという思いがあります。叶わなかった願いは,本書を多くのご家族に読んでもらうことで昇華したいと考えています。
 最後に,常日頃から私を支えてくれている妻,長男,長女に,この場を借りて心からの感謝の意を表し,あとがきを結びたいと思います。

平成25 年7 月12 日
猛暑の徳島にて 境 泉洋