『心理療法の見立てと介入をつなぐ工夫』

乾 吉佑編
A5判/224p/定価(3,400円+税)/2013年8月刊

評者 原田誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)


 多くの精神療法関連の新刊書が日々世に問われており,活況と混沌の様相を呈している昨今である。200頁に満たない小ぶりの本書は,書名に「見立て」(土居)という語が入っていることからも伺えるように,例えば海外の最新動向を教えてくれる便利な啓蒙書の類ではない。清楚でコンパクトなこの冊子は,あるいは本誌諸兄姉の目に留まり親しく頁をめくっていただく機会がそう多くないかもしれません。
 しかるに評者の判断では,本書は精神療法に関心を持つすべての人が手に取って,じっくり付き合ってみる価値のある独創的な快著です。世で行われている星づけ評価(5段階評価)を試みると,以下のようになるでしょうか。

 ・お役立ち度 ★★★★★
 ・刺激度   ★★★★★
 ・お楽しみ度 ★★★★★

 以下,これら「役立つ」「刺激的」「楽しい」を3つのキーワードにして,この素敵な本を紹介させていただこう。
 先ずは,「役立つ」点から。本書は,@心理療法の代表的な11流派の論客が,A「見立て」と(見立てに基づく)「介入」の考え方と実際の概要を紹介し,Bさらに症例提示を行い,具体例を通して読者の理解を深めてくれるというユニークな構成をとっている。ブリーフセラピー(1章)からエモーション・フォーカスト・セラピー(11章)まで,いずれの流派の論者も情理を尽くした議論を自分の言葉で丁寧に展開しており,その様は壮観であり圧巻である。加えて提示される症例が実にその流派に合ったどんぴしゃりの内容ばかりで,それぞれの学派の長所を如実に示してくれている。
 こうした本書を通読することで,精神療法の代表的な11流派を効率的に手際よく勉強できるという大きな利点があり,これが「役立つ」点につながります。
 2番目は,「刺激的」な特長。本書との対話を通して,読者は「代表的な心理療法の各派」と「自分の臨床流儀」を具体的に比較・検討することになり,これが例えば双方の相補的な関係について考える機会につながって「刺激的」な体験となるだろう。このぶっきらぼうで舌足らずな表現のみでは意味するところが十分伝わらないでしょうから,一例をあげて内実を説明してみよう。
 第5章「臨床動作法における見立てと介入をつなぐ工夫」で,大場信恵先生は動作法を通して改善した自己臭恐怖症の症例を供覧している。クライエントは「おなら」を気に病む女子高校生で,臨床動作法の導入初期には肩〜背中〜四肢〜腹部に過度の緊張がみられ,「腹部の力は抜くことができない」状態であった。
 それが40回に満たないセッションを通して,「@からだの感じがわからない,動かないからだとの直面→Aからだへの気づき,動くという実感の体験→Bからだを通しての自己への気づき,リラックスの体験→C課題遂行を通しての自己理解,自己イメージの修正」というプロセスが進行して完治に至った。
 動作法の面目躍如たる見事な症例報告の考察で,大場先生は次のように奏功機序について記している。
 「……臨床動作法のからだの様子からは,からだ全体に力を入れて本当の自分が外に漏れないように生きてきたのではないかと推察された。
 『臭いのことがあるから外に出ることができない』と言っていたA子が,臨床動作法を通して自分のからだに向き合い,からだをあるがままに受け入れ,それを変えていこうとする体験が,自己への気づきを促し,自己と向き合い,ありのままの自己を受け入れることにより,これまでの女優イメージに捉われない無理のない新たな自己像を獲得していくことに繋がっていったのではないかと推察される」。
 この明晰な考察への異論は全くないのですが,日頃の評者自身の臨床経験をふまえて,次のような議論も付け加えてみたい誘惑を覚えました。「自己臭恐怖症を初めとする確信型対人恐怖の診療で大切なのは,“対人恐怖”自体へのアプローチに加えて,患者自身が行っている“自分が悩んでいる不安への,習慣的で能動的な対処行動”(=強迫行為)への接近の仕方ですね。
 本症例のような専ら“おなら”を気にしている自己臭恐怖患者の多くは,“おならが出ないように肛門括約筋を締める”強迫行為をよくやっており,それが臭いへのこだわりを強化し,また腹部の違和感〜全身の不自然な筋緊張〜様々な体調不良につながっている。明確な記載がないので確言はできないが,この病態が本症例でもみられたと推定するのは,そう無謀ではないだろう。
 それが臨床動作法による的確な介入を通じて,全身各所を動かしてその体験を明確化すると共に,治療者と一緒に腹部などの『力を抜く』練習を行ったことが曝露反応妨害法的な効果も示して,“強迫行為の漸減〜消失”と“自己臭症の改善”につながった面はないであろうか。
 ちなみにここでは,治療者が至近距離にいることが“曝露”に,その状態で『肛門括約筋〜腹部〜からだ全体』に余計な力を入れずリラックスした状態を保つことが“反応妨害”に当たるでしょうね。なお動作法では,治療者がクライエントのすぐ後ろに密着する機会が多いようですが,“おなら”を気にする自己臭恐怖症患者にとってこの状況は最も苦手なものの一つですので,結果的に治療の場自体が大変良い曝露刺激になったのではないでしょうか。
 加えて本症例は,“腰がすっぽり隠れるくらいの長めの上着を着ている”という不安対処行動(=強迫行為)も行っており,自分ならこの点へのアプローチも早くから試みそうだ」。
 さらに臨床動作法の全くの門外漢である評者は,「確かに動作法を実際に行う際には,必ずしも上記の内容を言語化して本人に説明する必要はないだろう。ただし“考察”では,こうした観点もふまえて議論を広げ深めてみる価値がありはしないだろうか。このようなところに流派を超えた交流の有用性・必要性の一例があるかもしれないと感じるが,動作法学派の皆さまはどのように考えるだろう」という,一方的でとりとめのない素人の感想を抱きました。
 最後は,「お楽しみ」について。評者は,本書を読み進めながら「共感を覚えた部分=青のラインマーカー」「違和感を覚えた部分=黄のラインマーカー」で線を引いていきました。その結果,「青」が圧倒的に多くなったのですが,「黄」が記されたところも少々あったのですね。そして改めて「黄」の部分を読み返してみて,いろいろと連想を楽しみました。
 例えば,「黄」の箇所を通してあぶり出されてくる“ある人が特定の流派や臨床テーマを選択する理由”や,“専らある流派に属することの利点と問題点”などの無責任な想像に身を任せた夢想の時間は結構興味深いものでしたので,気の向いた際にお試しあれ。
 以上述べてきたように,本書は「役立つ」「刺激的」「楽しい」特長を併せ持つ独創的な好著であり,我が国の心理療法界の成長と成熟を如実に示す快著である。読者諸兄姉におかれましては,是非本書を手に取り頁をめくって下さりますことを。
 最後に,本書に力作論文を寄せた11名の著者の皆さまと,ナイスなこの冊子を企画・刊行した慧眼と実行力の持ち主である編者の乾吉佑先生,故・宮田敬一先生に敬意と感謝とお祝いを申し上げます。