監訳者まえがき

 本書は、アメリカ心理学会(American Psychological Association : APA)から2010 年に刊行されたEmotion-Focused Therapy の全訳である。原書は、本文が143 ページでかなり小ぶりな一冊である。実は本書は、「心理療法理論シリーズ」の一冊として刊行され、“Psychotherapy over time”(継続面接シリーズ)というAPA のデモンストレーションDVD とセットとなっており、6 回続きの面接で実演されるアプローチの理論を簡潔にわかりやすく説明することを目的としている。その意味において、もっとも手軽で読みやすいエモーション・フォーカスト・セラピー(EFT)の入門書といえる。実際のところ、EFT の理論の一部にはかなり難解な弁証法的構築主義というメタ心理学(第3 章)があり、入門書として最適な本書でも、はじめから最後まですらすら読めるというわけにはいかない。そこで、このまえがきでは原著者レスリー・グリーンバーグ先生を紹介したあと、EFT に関して、そして第3 章において論じられる弁証法的構築主義の感情機能に関して少し説明を加えたい。
 グリーンバーグ先生は、30 年以上にわたり、カナダ・トロントに位置するヨーク大学の教授を務めた。10 の編著書と200 以上にのぼる学術論文を発表しており、EFT だけでなく、感情と心理療法全般に関する第一人者といって良いだろう。APAのデモンストレーションDVDシリーズでもっとも数が多いのもグリーンバーグ先生である。グリーンバーグ先生が実践するEFT をこれらのビデオを観たことをきっかけとして、感情の重要性、そしてEFT の魅力とその可能性に惹かれた臨床家もとても多いはずである。
 2011 年にAPA から発売された現代版「グロリアと3 人のセラピスト」であるThree Approaches to Psychotherapy with a Male Client(『男性クライエントに対する3 つの心理療法アプローチ』)とThree Approaches to Psychotherapy with a Female Client(『女性クライエントに対する3 つの心理療法アプローチ』)では、ナンシー・マックウィリアムズ(精神力動療法)、ジュディス・ベック(認知行動療法)と並び、ヒューマニスティック・アプローチを代表して実演を見せている。北米および英語圏の国において、EFT はヒューマニスティック・アプローチを代表するほどの認知を得ており、グリーンバーグ先生は、現代の心理療法を代表するひとりといって良いだろう。
 グリーンバーグ先生は、数年前には、研究や臨床活動、そしてEFT 訓練の拠点となるエモーション・フォーカスト・セラピー・クリニックを大学内に開設し、世界各国から研究者や大学院生が集まっている。2012 年に同大学教授を退官した後、EFT の開発と発展の功績をたたえ、名誉教授号が授与されただけでなく、研究教授という役職を定めてそれまで通りに研究活動が続けられるような異例の措置がとられた。これは、現在もEFTが発展しつつあり、その中心人物としてグリーンバーグ先生が必要とされていることを示しているだろう。
 グリーンバーグ先生は、心理療法における2 つのパラダイムシフトを起こした。1 つは変容プロセスの研究法において課題分析という手法を発展させたことである。1970 年代の心理療法の実証研究は、プロセス−アウトカム研究(process-outcome research)と呼ばれ、面接の事象(たとえば、セラピストの共感やクライエントの洞察など)と心理療法の効果のあいだの相関関係を調べる研究が中心であった。グリーンバーグ先生は、面接のプロセスのなかでも重要な出来事に焦点を当て、継起をモデル化する課題分析を開発して心理療法研究を大きく変えた(Greenberg, 1991 ; Greenberg & Pinsof, 1986 ; Rice & Greenberg, 1984)。この課題分析の考え方は、EFT の治療課題と密接にかかわっている。もう1 つは、心理療法における感情の統合理論であり、EFT の開発である(Greenberg & Paivio, 1997 ; Greenberg,2002)。精神力動療法アプローチ、ヒューマニスティック・アプローチ、認知行動アプローチで大きく異なる感情に関する見方を包括するような統合理論を立て、実証的に感情に焦点を当てた効果的な面接プロセスの特徴を明らかにした。EFT はその効果だけでなく、そのプロセスまでも課題分析を使った研究を通して実証的な裏付けを得ている。
 実は、EFT は、個人療法としてだけでなく、カップルセラピーとしてより大きな発展をみせ、北アメリカでは、カップルセラピーにおいてEFTがもっとも広く使われるアプローチのひとつとなっている(Greenberg & Goldman, 2008 ; Johnson, 2002)。ブリティッシュ・コロンビア大学での教え子でもあり、EFT カップルセラピーを広めることに成功したスー・ジョンソン(Sue Johnson)が、カップルセラピーの資格制度やスーパービジョン制度を作り、EFT の制度面を整えていったことがその広がりの一因だろう。個人療法としてのEFT にはこのような訓練・資格制度がないため、組織的発展は現在のところみられないが、グリーンバーグ先生やグリーンバーグ先生に訓練を受けた臨床家によるワークショップは広く行われており、今後同様の発展もみられるかもしれない。
 本書はわかりやすい入門書でありながら、いくつか難解な章もある。特に第3 章を読み進めるのになかなか時間がかかるのではないかと思う。この章を飛ばして第4 章を読んで、EFT の介入と変容プロセスの実際について下地を作ったあとに、第3 章のより抽象的な理論に戻って読むことでも問題はない。第3 章は難解でありながら、EFT の基盤となるメタ心理学とも言うべき内容が論じられており、なぜEFT においてこのようなやり方で感情を扱うことが科学的に支持されるのかということが整理できる。
 EFT は、近年発展した認知科学および情動神経科学の知見を通して、ヒューマニスティック・アプローチの自己実現そして自己概念という考え方を見直し、それらの裏付けを与え、修正も加えている。その中心にあるのは弁証法的構築主義というメタ心理学的立場であり、感情や自己、生物学的要因や社会文化的要因の相互作用から個人の心理プロセスがどのように起こり、意味のある全体へと統合されるのかということを説明する。構築主義(constructivism)は、1990 年代に注目が集まった新たな心理学的パラダイムである(Greenberg & Pascual-Leone, 1995 ; Mahoney, 1991 ; Neimeyer& Mahoney, 1995)。人間と環境を刺激と反応のシステムととらえる行動主義心理学の人間観、人間を外的現実への適応を目指す情報処理システムとしてとらえる認知心理学の人間像を超えて、構築主義では、人間が自分自
身の主観的現実を主体的に作り出し、その世界に意味を与える存在としてとらえる。構築主義の考え方は、特に認知療法において発展して、アーロン・ベックやアルバート・エリスらの論理主義的認知療法とは区別される(Mahoney, 2003)。論理主義的認知療法とは、人の論理性を強調し、客観的な方法で世界をとらえること、つまり認知のゆがみを修正することを強調する。他方、構築主義的認知療法では、個人の主観的な見方をゆがみとしてとらえそれを修正するのではなく、その個人独特のとらえ方をより正確に反映した意味を創り出すことが重視される。そして、クライエントが自身の世界を創っているという主体性と選択の体験を高めることが治療目標のひとつとなる。構築主義的認知療法の考え方は、個人の主観的な体験を強調するヒューマニスティック・アプローチの考え方に近く、感情と認知を意味の創造というプロセスによってつなぎ、しかもそれに対する認知科学からの研究知見を基礎として与えているともいえるだろう。この構築主義の考え方は、認知行動療法だけでなく、精神分析や家族療法でも取り入れられてきた。
 グリーンバーグ先生が発展させた弁証法的構築主義は、個人がどのようにして感情体験から自己を作っているのか、また一方で生理学的基礎をもち、もう一方で社会・文化的な意味づけがされている感情が、どのように心理的健康や心理的問題に結びついているのかということを「弁証法」によって説明する。ここで「弁証法」という場合、2 つ以上の要素が相互作用の状態としてもたらされ、最終的にはより高次の要素へと統合されることを指しており、EFT では、このような「弁証法的作用」がいくつかの異なる心理プロセスを描写するために使われている。
 まず1 つは、人のなかではつねに複数のスキーマが活性化されうる状態にあり、それらが対峙され、それらの違いや類似性がさまざまなやり方で比較され、統合され、全体的な心理プロセスを作っているという点である。たとえば、自分を批判し、自己嫌悪を感じているとき、批判する自己と批判される自己のあいだには自己分離の葛藤が起こっている。EFT では、二つの椅子の対話を使ってこれらの2 つの自己のあいだに対話が作り出され、それぞれの自己の根底に流れる感情が気づかれるとき、2 つの自己のあいだの統合が可能となる。このように自己の統合、スキーマの統合という場合に、弁証法的作用が重要となる。
 次に、人の心理的プロセスには、暗黙裏に起こりつつある体験と、言葉を通して理解され、気づきに達している明示的なプロセスがあり、それらがつねに相互作用の状態にあるという考えである。この暗示的なプロセスは感情とかかわり(最近では右脳主体の心理プロセスといわれている)、明示的なプロセスは認知とかかわる(左脳主体のプロセス)。また、弁証法的作用は個人の主観的世界と外側にある客観的世界のあいだにも起こる。外界の情報を取り入れ、つねにそれと内的・主観的世界との整合性を図ろうとする人間の心理的プロセスも、この弁証法という概念でとらえられている。
 最後に、生物学と社会文化的要因の相互作用の弁証法も重要である。感情は、明確な遺伝的要因に規定され、怒りや恐怖などの生得的な基本感情が喚起する生理的プロセスは同じであるが、その表出、体験、意味づけのプロセスは、文化的な要因によって影響される。そしてその文化的な要因により、生理的プロセスを抑えたり、調整することを学ぶという点で、「弁証法的」なプロセスがある。このように、さまざまな水準で起こる相互作用、そしてその統合プロセスが心理的機能の中心にあるというのが、「弁証法的構築主義」である。
 EFT では、弁証法的作用が単にメタ心理学にとどまるのではなく、その具体的なプロセスが課題分析を用いて実証的に明らかにされてきたことも注目に値する。たとえば、二つの椅子の対話における自己分離の弁証法のプロセスでは、対立する二つの自己(たとえば、自分を卑下して攻撃する批判的な自己と、その批判を受けて身動きができなくなり自己嫌悪や恥を覚える自己、「こうしたい」と感じる自己(欲求)と「こうすべき」と感じる自己(責任感)などの対立)が以下のような変容プロセスを示す。まず、批判する自己がもう一方の自己に向かって批判や不満を言葉にして表しはじめると、批判された「だめな自分」に「無力感」や「恥」といった感情が引き起こされる。このような自己分離が効果的に解決されるときには、まず、分離が強調されて、対立が広げられる。批判はどんどん激しさを増していき、具体的な過去の「失敗体験」を持ち出し、もう一方の自己を責め続け、もう一方の自己の無力感や恥は強くなっていく。このような対立は、批判が根底にある「価値観」の表明に至り、もう一方では、自己の基本的な要求(守られたい、理解されたい、成功したい)の表出がみられると最大に達する。次に、その基本的な要求に批判的な自己が耳を貸すとき、この優勢な強い批判が和らぎはじめ、対立していた自己のあいだに歩み寄りが起こりはじめる。批判的な自己が「価値観」の背後にある思いを語りはじめると、価値観の多くは養育者から内在化したものであり、その根底には子どもに対する愛情や思いやりがあるということが体験される。それらへ到達すると、批判された自己は力づけられ、もともとあった無力感や恥といった感情が中和されていく。最終的には、分離状態にあった自己が統合され、自己の一貫性が作り出される。このような弁証法的な変容プロセスが明確にしかも系統的に描き出されているところが、実証的な研究をもとに発展したEFT の特徴のひとつである。
 弁証法的構築主義は、人間の心理的機能は単一レベルで起こるのでも、1つのプロセスがすべての他の現象を支配するのでもなく、つねに相互作用の状態にあり、複数のレベルで起こっていると考える。そして、それを統合し、その意味を引きだそうとすることが人間の本質であるという基本的な人間観がある。この考え方は、EFT に関する誤解を正してくれる。EFT は「感情」という名前がついているが、ただ「感情」を「表出」「体験」すれば良いというものではない。感情を体験し、それに言葉を与えて認知と統合することが必要である。そして、その感情体験をより広く自分と社会と結びつけて振り返ることにより、自己の語りを創出するという作業もEFT の一部である。感情は適応的な意味のシステムであり、それを理解し、他者との関係を作り、修復し、さまざまな行動へと役立てることが、EFT の目的である。EFT では、近年、感情体験をどのように自己の語り(narrative)へと取り込むのかという研究が進んでいる(Angus & Greenberg,2011)。EFT は、ただ単に感情を体験することを目指すのではなく、その感情体験がどのように自己を作り出し、そして自己感によって感情体験が作り出されるのかという循環的なプロセスを重視している。感情は人間機能の中心にあるが、認知、行動、語りも重要な一部である。
 グリーンバーグ先生の著作は、日本では、『感情に働きかける面接技法―心理療法の統合的アプローチ』(誠信書房[2006 年])が刊行されている。また、2 回の実演DVD がともに日本心理療法研究所より発売されている。1 つは、「アメリカ心理学会心理療法ビデオシリーズ」(心理療法システムズ=編)の第9 巻「過程指向体験療法」であり、約40 分にわたる面接の実演と面接における介入に関する5 分ほどのインタビューが収められている。もう1 つは、「うつに対するEFT―エモーション・フォーカスト・セラピー(EFT)の理論と実際」であり、同一のクライエントとの2 回の面接と面接を振り返り解説するインタビューの計150 分が収められている。また筆者は、EFT を中心とした心理療法理論と実践を紹介した「感情と体験の心理療法」という連載を『臨床心理学』(金剛出版)に第9 巻第2 号(2009 年)より第11 巻第1 号(2011 年)まで12 回にわたり発表させていただいたので、関心がある方は是非こちらも参照していただきたい。
 グリーンバーグ先生の貢献や臨床家としての発展についてはマービン・ゴールドフリード編著による『変容する臨床家―現代アメリカを代表するセラピスト16 人が語る心理療法統合へのアプローチ』(福村出版[近刊])の第14 章やCastonguay et al.(2010)の編著書Bringing Psychotherapy Researchto Life : Understanding Change through the Work of Leading Clinical Researchers(『心理療法研究の刷新―トップの臨床研究者の業績を通して変容を理解する』) に収められたGoldman et al.(2010)“Leslie S. Greenberg : Emotional change leads to positive outcome”(「感情的変容が良い成果につながる」)を参照してほしい。『変容する臨床家』では、グリーンバーグ先生が工学部から心理療法研究へと移ることを契機として、クライエント中心療法、ゲシュタルト療法、家族療法、認知科学、対象関係論、自己心理学などさまざまな心理療法を学び、EFT の開発に至る職業的、そして個人的体験が語られている。「感情的変容が良い結果につながる」からは、グリーンバーグ先生の研究者として発想の展開がわかる。
 グリーンバーグ先生は、2006 年に日本家族心理学会の研修のために来日され、2 日間のワークショップを行った。次に、2010 年に筆者が主催者の一人を務める「心理療法統合を考える会」の特別ワークショップを東京で2 日間、そして仙台DICT カウンセリングセンター主催のワークショップを2 日間行った。対人的調和を重視し、感情抑制傾向が強い日本文化においてEFT がどのような役割をもつことができるのか大変興味をもってくださった。グリーンバーグ先生は、EFT をパッケージ化してその通りに実践することが必要だとは考えてはいない。むしろ、さまざまなアプローチのなかで感情の治療原則を実現するやり方を発展させ、統合的にEFTの考え方や技法を使うことが心理療法全体の発展につながるという強い統合的な立場をとっている。本書が、多くの臨床家が感情の心理療法における役割を見直すためのきっかけとなることを願っている。
▼ 文献
Angus, L.E. & Greenberg, L.S.(2011)Working with Narrative in Emotion-Focused Therapy : Changing Stories,
Healing Lives. Washington DC : American Psychological Association.
Goldman, R.N., Angus, L.E. & Safran, J.D.(2010)Leslie S. Greenberg : Emotional change leads to positive
outcome. In : L.G. Canstonguay, J.C. Muran, L.E. Angus, J.A. Hayes, N. Ladany & T. Anderson(Eds.)
Bringing Psychotherapy Research to Life : Understanding Change through the Work of Leading Clinical
Researchers. Washington DC : American Psychological Association, pp.185-196.
Greenberg, L.S.(1991)Research on the process of change. Psychotherapy Research 1 ; 3-16.
Greenberg, L.S.(2000)My change process : From certainty through chaos to complexity. In : M.R.
Goldfried(Ed.)How Therapists Change : Personal and Professional Reflections. Washington DC :
American Psychological Association, pp.247-270.
Greenberg, L.S.(2002)Emotion-Focused Therapy : Coaching Clients to Work through Their Feelings.
Washington DC : American Psychological Association.
Greenberg, L.S. & Goldman, R.N.(2008)Emotion-Focused Couples Therapy : The Dynamics of Emotion, Love
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Greenberg, L.S. & Paivio, S.C.(1997)Working with Emotions in Psychotherapy. New York : Guilford Press.
Greenberg, L.S. & Pascual-Leone, J.(1995)A dialectical constructivist approach to experiential change. In
: R.A. Neimeyer & M.J. Mahoney(Eds.)Constructivism in Psychotherapy. Washington DC : American
Psychological Association, pp.169-191.
Greenberg, L.S. & Pinsof, W.M.(Eds.)(1986)The Psychotherapeutic Process : A Research Handbook. New
York : Guilford Press.
Greenberg, L.S., Rice, L.N. & Elliott, R.(1993)Facilitating Emotional Change : The Moment-by-Moment
Process. New York : Guilford Press.(岩壁 茂=訳(2006)感情に働きかける面接技法―心理療
法の統合的アプローチ.誠信書房)
Johnson, S.M.(2002)Emotionally Focused Couple Therapy with Trauma Survivors : Strengthening Attachment
Bonds. New York : Guilford Press.
Mahoney, M.J.(1991)Human Change Processes. New York : Basic Books.
Mahoney, M.J.(2003)Cognitive and Constructive Psychotherapies : Theory, Research and Practice. New York :
Springer.(根建金男・菅村玄二・勝倉りえこ=訳(2008)認知行動療法と構成主義心理療法
―理論・研究そして実践.金剛出版)
Neimeyer, R. & Mahoney, M.(1995)Constructivism in Psychotherapy. Washington DC : American
Psychological Association.
Rice, L.N. & Greenberg, L.(Eds.)(1984)Patterns of Change : Intensive Analysis of Psychotherapy Process.
New York : Guilford Press.