『犯罪学(第5版)−理論的背景と帰結』

J・ロバート・リリー,フランシス・T・カレン,リチャード・A・ボール著/影山任佐監訳
A5判/200p/定価(12,000円+税)/2013年11月刊

評者 林 幸司(精神科医)

 精神鑑定に携わってきたが,犯罪学を学んだ経験がない。ロンブローゾの生来性犯罪者,吉益脩夫の犯罪生活曲線を雑読的に知っているくらいである。前者は内容の際どさから絶版の憂き目にあり,後者も古典扱いされている。その後の学説進化には無頓着なままでいた私にとって,古典から現代に至る学説を網羅した本書との出会いは衝撃であった。社会学がベースであるので時に難解で,残念ながら医師の私には総括する能力がない。代わりに各学説のサワリを抜粋する。「被害にあう恒常的な脅威を防止するには,暴力行使の意欲を十分に示すことが必要である」「逸脱が一度達成され,他人の目に触れると,逸脱は規範の合法性への具体的な挑戦の姿勢をとる」「犯罪が満足を与えるものであれば,人はなぜ法を破らないのだろう?」「人生早期に内面化された自己統制によって誰が犯罪への誘惑の餌食になるかが決定される」「過度の統制もまた当人を統制欠如に陥らせ,犯罪の原因になりうる」「政府の介入が犯罪関与を減少させるどころか,犯罪者や元重罪人の烙印付けを行って対応することで,やめさせようと意図した行動をむしろ深化させる」「行為が犯罪とされるのは,これらの行為を犯罪とすることが支配階級の利益に適っているからである」「殺人を行う男性は,状況を支配する必要性からそれを行うと主張する。殺人を行う女性は,自分自身へのコントロールを失ったためにそうする」「レイプは家父長社会に深く根ざしており,女性の自己決定を否定するための集団テロリズムの一形式として用いられる」「ほとんどの人は犯罪に及ぼうかと考える際に,自分は凶悪な犯罪者とは根本的に違うと考えたがる……誰でも少なくとも何かしらの犯罪をいつかは行いうる」時として挑発的なフレーズに刺激を感じたらぜひ手に取っていただきたい。各学派が犯罪をどう理解し,どのような対策を立て,どのような結果をもたらしかを通覧できる。もちろん犯罪を根絶できた学説はない。「社会主義国家は階級闘争が激しくなく,犯罪へと導く力と犯罪の機能が低下するために,犯罪発生率は著しく低いはずである」などという見込みは現実を顧みれば情けない。イデオロギーの部品としての学説もありそうで,犯罪がそんな小道具で解決できるものではないと痛感させられる。終盤の第14章は脳画像やDNAなど生物学的素因の研究最前線を紹介し,最終第15章は犯罪経歴を包括したライフ・コース理論で締めくくられる。偶然とはいえこれら2章は,個人の体質に犯罪素因を見出そうとしたロンブローゾに,吉益脩夫の犯罪生活曲線に,それぞれ回帰しているように見える。青い鳥を求めて一回りしたのではなく,螺旋階段を登る地道な努力が積み重ねられているのだろう。本誌の読者層が犯罪と関わる機会は精神鑑定,心理テスト,矯正施設での面接などであろうが,本書の知識が大きなバックボーンとなって深みと彩りを与えることは間違いない。

原書 Lilly JR, Cullen FT, Ball RA : Criminological Theory 5th Edition : Context and Consequences.