監訳者まえがき
『幻の名著を手にすること』

 30年ほど前,わが国の精神分析界で英国対象関係論への関心が本格的に高まり始めていたころ,邦訳出版が予定されていた名高い著作がありました。H・ロゼンフェルド『精神病状態』,H・ガントリップ『パーソナリティ構造と対人相互関係』等です。しかし残念ながら,これらの著作はその邦訳が出版されることなく,今日にいたっています。そして20数年前,ウィルフレッド・ビオンの名著『再考』も邦訳出版が計画されていましたが,日の目を見るにはいたりませんでした。
 当時は英国対象関係論の学派や人脈や特徴の詳細がつかめておらず,ましてやビオンやロゼンフェルドの精神分析の特質は把握されていませんでしたので,翻訳が困難を極めたのは無理なからぬところであったと思われます。けれども,それらの理解が飛躍的に進んだ今日もこれらの名著は,過ぎ行く歳月の中,そのままに置かれていました。しかしながら,ようやくここに,ビオンの『再考』が登場してきました。まさに幻の名著が勇躍,姿を現したのです。この書を読まずして,フロイト−クライン−ビオンの流れを先端とする今日の精神分析を理解することは不可能といってよいでしょう。本書『再考』を手に取られた方が,本書に果敢に挑まれることを私は期待します。

 精神分析に関心を抱く方たちで,ウィルフレッド・ビオンの名をまったく聞いたことがないという人はまずいないと思われます。しかし精神病の治療に関心を抱く方たちで精神分析には疎いという人たちにはあまり知られていないのではないでしょうか。ただ,そうした方でも,集団心性や集団療法についてのビオンの理論は耳にされたことがあるかもしれません。
 英国人,ウィルフレッド・ビオンWilfred R. Bion(1897-1979)は,精神科医であり,精神分析家でした。集団心性についての彼の卓越した業績は,精神科医としての仕事において成し遂げられました。その後,彼は精神分析家のための訓練を受け,資格を得て,1948年から精神分析家としての仕事に専心しましたが,彼の精神分析療法の対象には統合失調症や境界精神病の患者が少なからずいました。
 1950年代のビオンは,精神病の精神分析の実践とその臨床にもとづく精神病の精神病理やひとのこころのありようを探究し続けました。それは一連の論文として発表され,おもに『国際精神分析』誌に掲載されました。本書には,それらのオリジナル論文が収められています。その後ビオンは,本書の「解説」でも検討している理由のために,臨床素材を提示しなくなりました。国際精神分析学会での発表もしなくなりますし,精神分析誌に論文を寄稿しなくなります。しかしその一方,彼の精神分析探究は恐ろしいほどの勢いで進展していきます。その進展の原点は,もちろん精神分析臨床にあります。その臨床を垣間見る唯一といってよい機会が,臨床素材の提示にあるのは述べるまでもないことでしょう。そうです。多重な意味で貴重な,彼が実際にかかわった臨床素材が,そして論文形式の著述が本書に収録されているのです。
 ところで,これらの論文に提示されています諸概念,たとえば“パーソナリティの精神病部分と非精神病部分の識別”,精神病部分の活動としての“好奇心,傲慢さ,愚かさ”,“連結することへの攻撃”,“奇怪な対象”,“目に見えない幻視”,“排出としての投影同一化”,“正常なコミュニケーションとしての投影同一化”,“名状なき恐怖”,母親の“アルファ機能”あるいは“夢想”,“コンテイニング”などなどは,現在も重篤な精神病理を抱えた患者の理解に,精神分析や精神科臨床に生き続けている有用な概念です。そして,言うまでもありませんが,臨床場面で精神病の人たちを,ひとりの人物として理解していくために,ここでビオンが提示している見解がとても役立つのです。
 ビオンは1960年代に,代表的な4冊の著作(邦訳『精神分析の方法Ⅰ,Ⅱ』に収録)を著しました。そこで彼は「考えること」を中軸に,ひとのこころを徹底して探究しました。その骨格と基盤は,本書収録の「考えることに関する理論」に濃縮されて収められています。そして最後の「解説」において,そのエッセンスが諸論文の臨床素材とも結びつけられて,検討されています。『精神分析の方法』はまったくの理論書ですから,ビオンの精神分析臨床の実際とそれらの著作での理論を橋渡しする「解説」が持つ大きな意義を,臨床としての精神分析をご存知の読者はただちに理解されると思います。
 本書は,わが国のクライン派精神分析の第一人者,衣笠隆幸氏によって,ビオンの著作の中でもっとも重要であると言及されています(2005年日本精神分析インスティテュート福岡支部主催精神分析セミナーにおいて)。本書が,ビオンの精神分析臨床とその理論化過程がもっとも明瞭に著されている著書であることは論を待ちません。私は本書の訳出に協力する機会をここに得たことの大変な幸運を,翻訳推敲を通して,その内容をじっくりと吟味していく過程でしみじみ味わいました。
 訳者中川慎一郎氏について,簡略ですが,ここに紹介いたします。
 中川氏は長年にわたって精神分析の臨床活動に打ち込んでいる精神科医であり,高い見識を持ちつつ,統合失調症や躁うつ病といった精神病の精神分析を実践しているところも,ビオンと同様です。日本精神分析学会での研究発表も多く,1950年以降40年間の英国クライン派の主論文を集めた翻訳書『メラニー・クライン トゥデイ』のビオン論文の主たる翻訳者です。
 本書『再考』は,そもそも中川氏が自身の精神分析臨床を強化するための学びとして翻訳されていたものでした。ちなみに,没後に出版されたビオンの思索ノートである“Cogitations”も,同様な理由から翻訳されています。私はある機会に,この素晴らしい事実を知りました。そこで,中川氏翻訳の『再考』を私蔵から公表出版へと変形させ,多くの方たちにビオンをさらに学び,臨床や思索を豊かにする機会を提供されることを勧めました。中川氏は,そのとても謙虚な人がらゆえに,出版には大変慎重な姿勢であられましたが,私の願いを了解され,その後多大な時間を費やされ,翻訳文の推敲を重ねられました。加えて「『再考』解説」を書き下されました。
 その輝かしい成果を,皆様が今手にしておられるのです。そして,ビオンの精神分析に,いや精神分析そのものに真摯に対峙し研鑽しているひとりの重要な人物を発見されていることでしょう。
 ビオンは難解だと言われます。そのとおりだと私も思います。しかし,そこには臨床や精神分析的こころにとっての無尽蔵の宝があるのです。時間と意思を費やして読むだけの価値は確かにあるのです。『再考』の翻訳に今回かかわり,あらためてこれらの事実を実感しました。これまでビオンを読んでこられた方はもちろん,まだビオンに出会ったことがない方にも,本書で出会っていただきたいというのが私の願いです。
……(後略)

2006年 盛夏の福岡にて 松木邦裕