『精神分析的心理療法を学ぶ−発達理論の観点から』

ガートルード・ブランク著/馬場謙一監訳/篠原道夫,岡元彩子他訳
A5判/200p/定価(3,800円+税)/2013年11月刊

評者 岩崎徹也(東海大学名誉教授)

 精神分析は,発祥以来すでに一世紀を超えて,さまざまの学派が形作られている。それらの中で本書は,伝統的な自我心理学に現代の諸理論,特に人格発達論の成果を加えた〈主流派精神分析〉の立場を明快に示して,書かれたものである。わが国の精神分析学界を見ても,歴史的に自我心理学派が主流であったが,1970年代以降,クライン学派,英国対象関係学派が広まり,近年では自己心理学派や関係学派などが関心を引いている。そのような状況の中で,自分がどの学派に親和性を持つに至るかは別としても,やはり古典,伝統,正統,主流,とされる流れをまず学ぶことは大切であろう。その意味で,本書は精神分析的心理療法を実践しようとする初学者にとって,基礎的な知識を与えてくれる。それだけでなく,臨床経験のある者にとってはさらに思考を深めてくれる一書である。
 本書は,まずフロイト,S. の人格構造論に始まる自我心理学の歴史的発達を,フロイト,A,ハルトマン,クリス,エリクソン,スピッツから,近年のジェイコブソン,マーラー,エムディ,スターン,カーンバーグに至るまでの現代的な業績を,とくに人格発達を軸にして整理,解説している。そのうえで臨床的には,人格発達が〈構造化〉された段階に達しているか否かが,治療方針を立てる鍵になることを,症例を通じて,分かりやすく説明してくれている。それはまた,患者の病態水準が,神経症水準か境界例水準かを力動的に診断することの大切さを論ずることでもあり,その点でカーンバーグの自我心理学的対象関係論が高く評価されている。また,各章には関連する基本的な文献が紹介されており,本書を出発点として,さらに理解を深め,広げるために,親切な配慮がなされている。
 現在のわが国の精神医療は,DSMが流布した結果として,対症的な薬物療法のみが行なわれやすく,その結果としての多剤,大量処方の弊害が問題視されている。それは精神分析や力動精神医学が隆盛を誇っていたアメリカでも同じであるといわれる。この点について著者ブランクは本書の中で,「DSMは,患者の発達については何も語らず,症状について語るだけである。したがって,治療のガイドにはならない」と明言している。わが国にはDSM精神医療だけでなく,心ある精神科医や臨床心理士達が,精神力動的な理解に基づいた臨床を学び,実践しようとの努力を続けているのも事実であり,本書はそれに応えてくれるであろう。とはいえ著者は決して心理主義に偏っているわけでなく,神経科学,精神薬理学,心理学との融合を展望している。
 昨今,監修とは名ばかりの出版物が散見されるが,本書は監訳者馬場謙一氏が山に籠り,毎朝四時に起床して机に向かわれたと記されているように,正確で読みやすい訳文が完成されている。

原書 Blanck G : Primer of Psychotherapy : A developmental perspective.