本書の著者Allen Frances 博士は,アメリカ精神神経学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)』の発刊に合わせて,本書『精神疾患診断のエッセンス』と『〈正常〉を救え』(講談社)の2冊の本を立て続けに上梓した。臨床家として現状に黙っていられなかったからだ。
 臨床家は,悩みを抱えた人の側に立って,その人たちのために力を尽くす。決して,専門家としての自分の野望を満たしたり,専門家としての立場を守ったりするために精神医療を使うべきではない。ところが,DSM-5の作成過程を見ていると,専門家としての矜持を保っているとは思えなかった。だから,Allen Frances 博士はいても立ってもいられなくなって,小さなブラックベリーでこれだけ多くの仕事を一気に成し遂げたのだ。
 DSM-5は,作成にあたって,いくつかの野心的なテーマを掲げた。それは,生物学的指標の導入,予防概念の導入,そして精神疾患の数値化である。しかし,生物学的指標を導入するにはエビデンスが決定的に不足していた。予防概念を導入するには,false positive が多くなりすぎて,かえって偏見を助長する懸念が生じた。しかも,予防のための手立てが確立していない中では,不適切な介入が行われるリスクが高くなることも問題になった。また,精神疾患は,数値で表現したり評価したりするのにはなじまない。こうして,DSM-5の最初の野心はすべて実現できなくなり,最終的に,DSM-IVを踏襲することになった。こうした背景の中で,米国精神保健研究所(NIMH)はDSM-5への研究資金の提供を見送り,自らが生物学的研究(RDoC)を推し進めることになった。
 この経緯は,単に精神医学専門家だけでなく,マスコミや非専門家を巻き込んだ精神疾患をめぐる議論を巻き起こした。その詳細は『〈正常〉を救え』にゆずるが,さてその中で専門家としてこれまでの知見を精神疾患に苦しむ人たちのためにどのように使うことができるかという課題に真摯に向かい合って書かれたのが,本書である。
 海外に限らず,わが国でも,医学の現状をいたずらに批判する書籍や記事が目につく。医者にかかると命を落とすといった極論まで飛び出す始末だ。精神医学に対しても,薬物療法批判など,同様の批判が繰り返される。たしかに極論は目を引くし,痛快でもあるがきわめて危険だ。こうした批判は,医学の置かれた現状に限界があることを指摘しているという点では意味がなくもないが,その限界の中で最大限の力を発揮するのが専門家の役目でもある。
 薬物療法にしても,私が専門にする認知療法・認知行動療法にしても,魔法の治療法ではない。しかし,それぞれに一定の効果が期待できる治療法であることは間違いない。私たち専門家は,そうした限界があることを承知した上で効果も期待できる手立てを工夫しながら駆使して,精神疾患を抱えた人たちが自分らしく生きていけるように手助けしていく。そのためには,医師不要論や医師絶対論といった極論は必要ない。現実に目を向けながら今できるだけの力を尽くしていくことこそが,専門家と呼ばれる人間にとって必要なことなのだ。
 なお,本書で用いたカテゴリー分類名は,DSM-5の訳語について検討した日本精神神経学会の精神科病名検討連絡会の答申に準拠した。病名連絡検討会ではdisorderの訳語を,これまでの「障害」から「症」に変更する可能性が議論された。偏見を和らげようという意図からだが,反対意見も強く,最終的には「症」と「障害」が混在することになった。私は,偏見をなくすという意見にまったく異論はない。とくに小児の場合には重要な配慮である。しかし,その一方で,「症」と訳すとDSMのカテゴリー分類に含まれる機能障害の概念が含まれなくなり,過剰診断や過剰治療につながるリスクが生じる。また同じカテゴリーに新しい用語を導入することによって無用な混乱が生じる可能性もあり,用語(訳語)の変更は慎重であるべきと考えている。もっとも,訳語は訳語でしかなく,診断名がどうであれ,個々の患者を一人の人として診立てて適切な治療を提供することの方がはるかに重要であることは言うまでもない。
 そのことを,私はAllen Frances 博士から教わってきたが,本書にはそのエッセンスが詰まっている。ブロードウェイでひづめの音が聞えたら,シマウマではなく馬だと思えという彼の警告を,私たちは忘れるべきではない。彼は,珍しい動物と同様に,珍しい疾患は興味深いが,実生活においてみることはほとんどないと言う。疑いがある場合は,ほとんど目にすることのない病気を考えるのではなく,可能性の高い病気をまず考えるべきなのである。
 正確な診断は大きな利益をもたらすが,不正確な診断は大きな不幸をもたらすという臨床家としての彼の思いが,本書を通じて日本の専門家に,そして専門家以外の方々に届くことを,訳者として切に願っている。

大野 裕