『精神疾患診断のエッセンス−DSM-5の上手な使い方』

アレン・フランセス著/大野 裕,中川敦夫,柳沢圭子訳
四六判/250p/定価(3,200円+税)/2014年3月刊

評者 黒木俊秀(九州大学大学院人間環境学研究院)

 本書は,DSM-Ⅳの作成を指揮したフランセス氏によるDSM-5(2013年5月発表)に対する批判の書であり(サブタイトルの原題は,“Responding to the Challenge of DSM-5”),先に出版された同じ著者の『〈正常〉を救え−精神医学を混乱させるDSM-5への警告』(大野裕監修,講談社)を総論とすれば,こちらは各論に相当するといえよう。
 本書の構成は,簡易版のDSMマニュアルに似ているが,DSM-5のそれとは本質的に異なることに注意しておきたい。まず各疾患の章の並び方がDSM-5とはまったく異なる。DSM-5では解体され,一部が「神経発達症群」の章に代わった「小児期または青年期に最初に診断される疾患」の章が本書ではなお先頭に位置し,また,「統合失調症スペクトラムおよび他の精神病性障害群」の章が,隣接する「双極性障害群」からも離れて,本書では「抑うつ障害群」や「不安障害群」の章の後方に据え置かれている。こうした本書の章構成は,著者の考える臨床的有用性に沿ったものであり,かたや,DSM-5が,病因・病態にもとづく診断分類の仮説的モデルを提示するために,各疾患の章の配列を大きく刷新したことに対する著者の強い反発を感じさせる。
 さらに,各疾患の項目にはICD-9-CM分類コードを併記し,スクリーニングのための質問例,診断典型例,鑑別診断・除外すべき状態,診断のコツ等が述べられているが,操作的診断基準よりも伝統的な診断の手順に従うものである。また,随所に「DSM-5を読み解く上での注意」が囲みとして挿入され,先の「警告」を再度強調している。たとえば,DSM-5に新たに登場した小児の重篤気分調節症(Disruptive Mood Dysregulation Disorder)の診断については,小児の双極性障害の過剰診断を減らすということだけで正当化されたが,この診断名が乱用されるリスクのほうが恐ろしく,仮に使うにしても,きわめて控えめにすることを勧告している。これは,抗うつ薬による躁転のリスクを減らすために,DSM-Ⅳに双極Ⅱ型障害の診断を採用したものの,実際には双極性障害の過剰診断を促してしまったという著者自身の反省にもとづく見解であろう。
 本書を読んで,改めて著者は根っからの臨床家であるという思いを強くした。本書の冒頭で,著者は,診断面接は関係性の構築が第一歩であり,共同作業の結果としての診断を行うこと,バランスを保ち,性急に診断することなく,辛抱強くあること,「特定不能」分類をつけることを恥じないこと等を強調する。著者が推奨する「段階的診断法」には,アルコール・薬物や身体疾患の影響を除外する以外に,疾患教育と再保証という心理社会的介入さえも含まれる。こうした著者の提言は,現代の精神医学を進歩する科学分野ととらえ,精神疾患の診断に科学的妥当性を求める立場からは保守的に見えるかもしれない。しかし,臨床家は,結末が予測できない賭けを避け,いたずらに新奇なものには飛びつくなという,その良心的な見識は敬服に値する。昔,著者が発表した論説に,“No treatment as the prescription of choice(治療しないという選択肢)”というタイトルがあったことを思い出す。ここに開陳される「診断のエッセンス」とは,実に「精神科臨床のエッセンス」といって良い。是非,若い世代の臨床家に,本書の奥深い「エッセンス」を鋭く感じとってもらいたい。

原書 Frances A:Essentials of Psychiatric Diagnosis:Responding to the Challenge of DSM-5