『精神疾患診断のエッセンス−DSM-5の上手な使い方』

アレン・フランセス著/大野 裕,中川敦夫,柳沢圭子訳
四六判/250p/定価(3,200円+税)/2014年3月刊

評者 津川律子(日本大学文理学部心理学科)

 本書は,Allen Frances先生による“Essential of Psychiatric Diagnosis : Responding to the Challenge of DSM-5”(2013)の翻訳本である。DSM-5が2013年5月に発表されたものの,日本語の翻訳本がまだ出版されず,多くの臨床家が翻訳本の刊行を待っていた2014年3月に,DSM-5より早くこの翻訳本が初版された。良いタイミングで翻訳されたと思う。本屋の専門書コーナーで本書を見かけたときは平積み状態であったし,わずか1カ月で2刷になっていることからも本書が売れていることがうかがえる(その後,DSM-5の翻訳本は6月下旬に刊行された)。
 しかし,DSMと同じように,本書も誤った読まれ方をするのではないかと評者は危惧している。どう誤った読まれ方をするかというと,自分が関心のあるところだけを開けて読むことが繰り返されるのではないかと想像してしまう。例えば,“自閉スペクトラム症”(pp.34-38)のところだけ読んで,満足して閉じる。別の機会に,抑うつ障害群のなかに位置づけられることになった“月経前不快気分障害”(pp.58-59)のところを見て,また閉じる……そういった繰り返しを想像してしまう。それでは,あまりに虚しい。
 これは翻訳者たちも同じ思いだと思う。「あとがき」で中川敦夫先生はご自身のアメリカ留学体験を振り返って次のように書かれている。「わが国の臨床教育では,このマニュアルとしてのDSMの使い方が,上手く伝えきれず,操作診断基準に目がいってしまって表面的に使われ,安易な診断がなされることも少なくないといえよう」(p.241)。そう,DSMに限らず,どのようなツールも“使い方”が勝負で,臨床家の腕前を大きく違えてしまう。
 評者のお勧めの本書の読み方は次のとおりである。大野裕先生による「訳者の序」をまず読む。3頁しかない。次に,原著者による「日本版への序」を読む。これも3頁しかない。3番目に中川敦夫先生による「あとがき」を読む。これも3頁である。3+3+3と全部で9頁しかないが,ここを読むのと読まないのとでは,学習の厚みが違ってくる。そして,第1章の「本書の使い方」を“必ず”読む。拾い読みがいけないと言っているのではなく,拾い読みの前に,たった一度でよいので第1章を読んでほしい。本書の使い方が分かるだけでなく,臨床に示唆となるコメントが多くちりばめられている。とくに「診断面接」(pp.10-18)を読み飛ばしては損である。
 最後に,原著者が同じ2013年に出している別書『〈正常〉を救え―精神医学を混乱させるDSM-5への警告』(講談社/こちらも大野裕先生の監修)も読み応えがあり,Allen Frances先生の考え方がよく分かる。
 彼は「精神医学を行き過ぎた膨張から守るという,ほぼ負けの見えた戦い」(p.16)をしている。「本来は正常な人々を患者に仕立てあげたり,まぎれもなく病気の人々を無視したりするべきではない」(p.17)からである。意見が同じでない方々にとっても,一読の価値があろう。

原書 Frances A:Essentials of Psychiatric Diagnosis:Responding to the Challenge of DSM-5