「自殺の危険:臨床的評価と危機介入」の第1 版が出版されたのは1992年であるから,それからすでに20年以上経った。本書がこれほどの長い間読み続けられてきたことに著者として感謝とともに誇りを感ずる。
 著者の所属は第1版が出版された時には東京都精神医学総合研究所,新訂増補版の時には防衛医科大学校,そして今回の第3版の時には筑波大学である。自身の経歴を振り返ってみてもさまざまな感慨が蘇ってくる。
 初版が出版された当時は,自殺予防といってもごく限られた人々が関心を持っているに過ぎなかったと記憶している。そして,新訂増補版は2006年に出版されたが,その年はわが国にとって自殺予防の大きな転換点になった。その年に自殺対策基本法(以下,基本法と略)が成立し,自殺予防は社会全体で取り組むべき課題であると宣言されたのである。翌2007年には自殺総合対策大綱(以下,大綱と略)が発表され,具体的な指針が示された。大綱は5年おきに見直されることになっていて,2012年に最初の見直しが行われた。基本法が成立して以来,全国ではさまざまな取り組みが始まった。(この間に,本書でもその名がしばしば出てくる恩師エドウィン・シュナイドマン教授が2009年5月16日に92歳で逝去されたことも著者にとって大きな出来事であった。)
 また,新訂増補版の出版以来,自殺予防の領域でも,新たな動きが出てきた。たとえば,精神症状を緩和させるだけでは十分な予防の効果を期待できないので,自殺の危険の高い患者がこれまでの人生で獲得できていないスキルを身につけるように働きかけたり,緊急事態にどのように対応すべきか危機対処計画を患者ともに立てたりするというアプローチが臨床の現場で試みられるようになってきた。
 なお,自殺予防に全力を尽くすのは当然であるのだが,どれほど努力しても起きてしまう自殺が存在することもまた現実である。不幸にして自殺が起きてしまった時に,遺された人をどのようにケアすべきかというポストベンションについても最近では強い関心が払われている。基本法が成立する以前に厚生労働省の有識者会議で,私がポストベンションの必要性について発言したところ,産業医学の領域で著明な医師が「自殺予防までは企業の責任かもしれないが,自殺が起きた後のケアまでは企業の責任ではない」と反論されたのがきわめて強い印象として私の記憶に残っている。10年ほど前はこのような考え方が優勢であったのだ。
 さらに,どれほど強いストレスがかかっても,病的な症状を呈する人ばかりでなく,本来の力強さを発揮できる人がいるとの認識も高まってきた。とくに9・11米国同時多発テロ以後,リジリエンスについて関心が寄せられてきている。愛する家族をテロ攻撃のために失ったものの,死の直後から,自分の仕事をこなし,家庭生活も以前と同じように送ることができる遺族についての報告も数多く見受けられる。わが国でも2011年3月11日に生じた東日本大震災が死者・行方不明者合計2万人弱という大惨事をもたらし,被災者のこころの健康に大きな関心が寄せられる契機となったことは記憶に新しい。東日本大震災の被災者の中にも高いリジリエンスを示す方々がいらっしゃることが報じられている。
 これらはごく代表的ないくつかの例に過ぎないのだが,新訂増補版以後,わが国の自殺予防の領域ではこれまでになかったさまざまな試みが生まれてきた。そこで,第3版ではこういった知見を盛り込み,日々,自殺の危険の高い人々に働きかけている精神保健の専門家ばかりでなく,将来,精神医学や心理学を専門にしようとする学生,周囲に自殺の危険の高い人がいて,何とか理解したいと考えている一般の人,そして,自殺の後に遺された人に向けて,新たにまとめようと試みた。
 最後になったが,そもそも著者の最初の本となった「自殺の危険:臨床的評価と危機介入」(1992)を世に送り出してくださった金剛出版代表取締役社長の立石正信氏に深謝する。そして,今回もまた第3版をまとめるように終始激励していただいたこともぜひ記しておきたい。改訂の作業は,私が第2版からこれまでの期間に行ってきたことや考えてきたことを振り返る絶好の機会となった。立石氏の尽力と激励がなければ,本書は存在しなかったことは明らかである。また,本書は臨床の場における患者や家族の皆様とのやり取りがなければ,けっして成立し得なかったことを書き添えて,感謝申し上げたい。さらに,今の職場において深い洞察と貴重な意見を与えてくださった筑波大学精神科教授朝田隆先生,災害精神支援学の高橋晶先生,山下吏良先生,茨城県立こころの医療センター院長土井永史先生をはじめとする多くの方々に対しても感謝したい。そして,ついこの間まで10年間にわたり一緒に仕事をしてきた防衛医科大学校防衛医学研究センター行動科学研究部門の皆さんに対しても同様の感謝を申し上げる。

2013年12月
高橋祥友