著者が以前勤務していた大学のある山梨県には,富士山の麓に青木が原樹海という広大な原生林が広がっている。この森は自殺の名所として広く知られていて,一度足を踏み入れると,二度と出て来られないという俗説がある。実際,毎年多くの人がこの森の奥深くで自ら命を断っている。
 以前から青木が原樹海について聞いてはいたが,とくにそれ以上の関心は抱いていなかった。しかし,山梨医科大学のスタッフとして赴任して早々ある興味深い患者に出会った。その人は死ぬために樹海にやって来て,自殺を図ったものの,幸い救命された。ところが,自らの生活史についての記憶を失ってしまったのだ。自分の名前はおろか,住所,年齢,家族,職業などに関する記憶をすべて失っていた。奇妙な偶然ではあるが,著者は短い期間に同様の全生活史健忘の症例を続けて何例か治療する機会を得た。このような解離症状がきわめてめずらしいことに加えて,この現象が起きた場所が日本でも有数の自殺の名所であったという事実は,大変印象的だった。
 もちろん精神科医として自殺の危険に関して平均的な関心はあったが,このような臨床経験がなければ,それ以上自殺予防について深くかかわることはなかったかもしれない。
 日常の臨床で自殺の危険の高い患者の治療をしているにもかかわらず,自殺の危険に関する精神科医の知識や認識は実際のところかなり低いのが現実である。もっとも,これは,きわめて自殺の危険の高い患者の治療を好むと好まざるとにかかわらず,引き受けざるを得ない精神科医の心理的な防衛機制という側面でもあるのかもしれない。
 ある高名な精神科医が次のように話したことは今も記憶に新しい。「要するに,自殺は,精神科における病死のようなものだ」。また,他の精神科医は次のように語った。「結局,自殺をする人は,その人自身が悪い。医者が悪いのでも,家族が悪いのでもない。自殺した人自身に責任がある」。もちろん,長い臨床経験に基づいて,このように話してくださったのだと思うし,立ち話のような状況での短い発言の持つ深い意味まで判断するつもりはない。しかし,これらの言葉を聞いた時に,なぜかとても割り切れない思いがしたのも事実だった。
 著者自身はとてもまだ悟りを開いたような言葉を口にはできず,なんとか自殺の危険の高い患者の「絶望的な救いを求める叫び」をより的確にとらえることはできないだろうかと考えていた。
 大学を卒業した後に初期研修を受けた医局は,研究内容やスタッフの陣容からいっても,全国的に高い水準にあると自他ともに認めていた。しかし,そこでの研修期間中に具体的に自殺の危険の評価について講義や教育を受けることはなかった。また,ある時その医局の出身者が中心となってシンポジウムが開かれ,自殺について討論されたのだが,やはりその結論も,「精神科患者の自殺は予測できない」といったものだった。 当時著者は初期研修を終えたばかりで,心理療法や薬物療法の基礎については多少なりとも知識が増したが,患者の自殺の危険の評価となると手探りで進むというのが現実であった。患者が「死にたい」と洩らすと,それだけで担当医である私の方が不安になった。また,指導医から,とくに何の根拠も示されずに,「心配するな。あの患者は死なない」などと言われれば,すっかり安心してしまい,実際の危険には十分に目が行き届かなくなるようなことも稀ではなかった。
 今振り返ると誤った考え方もいくつか教えられたようにも思う。「神経症だから自殺しない」「あの方法では死ねない。死ぬつもりなど元からなかったのだ」「あの患者は自殺したからうつ病だった」などである。
 「正しい心理療法をしていれば,自殺は予防できる」とある精神分析医が語った。この意見にまったく同感であり,自殺予防は最終的には適切な治療という原点に立ち帰る。しかし,ここで改めて付け加えたいのは,自殺の危険の評価についての正しい知識を持つことができれば,それによってさらに心理療法の技量を増強することにもなるという点なのである。
 本書では,哲学的な議論や統計学的な議論を進めていくつもりはない。むしろ,その姿勢は極力排除し,日常臨床に可能な限り密着して考えをまとめていきたい。また,最近の自殺学のトピックスについても紙幅の許す限り言及したい。たとえば,ある人物の自殺行動が他者の自殺行動を誘発するいわゆる群発自殺や,自殺に関する生物学的な研究,諸外国で実施されている自殺予防教育などについてである。本書は日常の臨床の中で患者の自殺の危険についてより深く理解しようとしている精神科医,臨床心理士,看護師といった医療従事者を対象にして書いた。また,自殺の危険の高い人をよりいっそう理解しようという一般の方(家族や友人)にとっても何らかの助言となれば幸いである。
 なお,著者の臨床経験や同僚諸氏の貴重な経験から収集したデータをもとにして本書の各所に症例を呈示したが,あくまでも秘密を守る目的で個人を同定できるような情報については意図的に変更してあることをお断わりしておく。
 本書の一部はすでに論文として発表したものもあるが,今回あらためて全面的に加筆した。
 最後に,そもそも自殺学に対する興味を伸ばして下さった山梨医科大学医学部精神神経医学教室假屋哲彦教授に深謝する。そして,自殺学について直接御指導をいただいたカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)神経精神研究所のエドウィン・シュナイドマン名誉教授に感謝する。また常日頃から,御指導を賜っている東京都精神医学総合研究所副所長の宇野昌人先生,同研究所精神病理研究部門主任の石川義博先生に感謝する。
 当然のことながら,日常の臨床の中で出会った数多くの患者の皆様とその家族の方々からも多くの教えを受けたことを記し,感謝を申し上げなければならない。そして,金剛出版の立石正信氏の多大な激励がなければ,そもそも本書の出版は成立し得なかったことを述べ,心から感謝する次第である。

1992年1月
高橋祥友