『境界性パーソナリティ障害の治療−エビデンスに基づく治療方針』

ジョエル・パリス著/黒田章史訳
A5判/336p/定価(4,800円+税)/2014年4月刊

評者 林 直樹(帝京大学医学部精神神経科学講座)

 境界性パーソナリティ障害の治療は,現代の精神科医療の重要な課題であり,世界中で活発に研究が進められている。その結果,BPD についての情報は飛躍的に増大し,その見方は急速に変化しつつある。さまざまな顔を見せるBPD を捉えることは,近年特に難しくなっているといえる。そのため現在は,BPDの一側面を取り上げる書籍は多く出版されているのに,それを総合的に捉える単著による書籍は稀になっているという状況にある。
 ジョエル・パリスは単著によって全体的にBPDを論じることができる数少ない専門家の一人である。彼はこの地位を一朝一夕で得たのではない。評者は,1991年に東京都精神医学研究所が主催したBPD国際シンポジウムの折に,ゲストスピーカーとして来日していた彼にお目にかかったことがある。当時の彼は,McGlashanなどの居並ぶ米国の大御所の前にしてひたすら畏まっていた印象があった。評者は彼がカナダ(モントリオール)という当時のBPD研究の本場から離れた地の出身であるという事情のゆえだろうと感じた。ところがそのすぐ後の1993年(本書出版の15 年前),評者はパリスがBPDについての単著を出版したことに,なんと積極的な人なのだろうと驚かされた。さらに彼はその後もBPD患者の生育史の研究,予後調査,神経生理学的研究などに業績を挙げ,BPD 研究全体をリードする人物へと発展を遂げた。同時に彼の功績によって,カナダは今や,重要な研究が多く展開されるBPD研究の先進国となった。
 本書の中で特に活き活きとした記述が見られる箇所を紹介しよう。自分自身で予後調査を手掛けてきたパリスは,他の研究における内幕をリアルに紹介している。Stoneはたった一人で,研究助成金をもらわずに,かつてコロンビア大学精神科に入院した患者に片端から電話をかけて,予後調査を実現した。
 それとは対照的に,McGlashanは,民間調査会社に依頼してチェストナットロッジの元入院患者の居所を探し出して調査を実施した。大きな資金を大胆に活用する,いかにも米国らしいやり方である。また,その研究の舞台となったチェストナットロッジが,当時米国を代表する有名な病院であったのだが,現在は閉院となっているということである。
 記述に力が込められているのは,「マネジメントの指針」の章である。学派にとらわれない,患者の改善のためには何でも使うという彼のスタンスは一貫している。本書の副題には「エビデンスに基づく治療方針」とあるが,実際の記述は,エビデンスがない領域でも「自分の信念はこうだ……」ということで積極的な議論が進められている。たとえば彼は,(エビデンスはないけれども)患者に「恋愛を一休みする」,「一人でいることができる能力を開発する」といった方針を奨めるという。比較的外向性が高く,人との関わりを積極的に求めようとする患者では,それがトラブルの原因になることが少なくない。この方針は,患者のこの特性を抑えてトラブルを未然に防ごうとするものである。このような自分の信念に忠実であろうとする姿勢は,何としてでも患者を守りたいという思いの反映である。他の治療についての記述にも,彼の治療にかける強い思いが漲っているように感じられる。
 このようなBPDの臨床,研究に実績を挙げた人物の書物は,わが国にも大きな意義のあるものである。翻訳にあたられた黒田章史先生の労を多としたい。訳者が訳語に細心の注意を重ねていることも付言したい。本書が多くの読者を獲得することを衷心より期待する。

原書 Joel Paris : Treatment of Borderline Personality Disorder : A Guide to evidence-based practice