この本は,The Clinician’s Guide to Collaborative Caring in Eating Disorders : The New Maudsley Method(edited by Janet Treasure, Ulrike Schmidt and Pam Macdonald,Routledge, 2010)の全訳です。この本は,家族(carer,援助者)との共同的ケアの理論と実際について,基本的には摂食障害に苦しんでいる患者さんの治療にあたる臨床家のために書かれていますが,私たちはこの本を多くの保健医療関係者(医師,看護師,保健師,心理士,養護教諭など)や患者さんのご家族,友人の方々にも読んでいただきたいと思っています。
 私たちはかつて,ちょうど同じ時期にモーズレイ摂食障害ユニット(モーズレイ病院,べスレム王立病院,ガイズ病院)に留学し,摂食障害の臨床について共に学びました。モーズレイ摂食障害ユニットでは,トレジャー教授とシュミット教授らを中心としたスタッフが,患者・家族向けの有益なテキストや情報提供のための多彩な資料を作成しており,それらは実際に治療で効果的に用いられていました。私たちも,それらのテキスト,資料から摂食障害の治療について多くのことを学びましたが,そのなかのいくつかは正式に出版されており,内容も非常に充実しているため特に興味を持ち,日本の保健医療関係者の方々にも紹介したいと思うようになりました。このような経緯で,私たちは留学中からいくつかのテキストの翻訳を始め,これまで,モーズレイ摂食障害ユニットで実際に使われており,臨床試験で有効性が実証されている過食症のセルフヘルプ・マニュアルGetting Better Bit (e) by Bit (e) : A Survival Kit for Sufferers of Bulimia Nervosa and Binge Eating Disorders(友竹正人・中里道子・吉岡美佐緒=訳(2007)過食症サバイバル・キット―ひと口ずつ,少しずつよくなろう.金剛出版)と摂食障害の患者さんをケアする家族のためのテキストであるSkills-Based Learning for Caring for a Loved One with an Eating Disorder : The New Maudsley Method(友竹正人・中里道子・吉岡美佐緒=訳(2008)モーズレイ・モデルによる家族のための摂食障害こころのケア.新水社)を訳しました。この2つの訳本は,幸い,我が国でも多くの方々に読まれ,臨床現場でも活用されていることを耳にし,たいへん嬉しく思っています。今回の訳本はそれらに続く第3弾です。
 この本の第1 部では,専門家と家族が共同してケアに当たるための方法論が解説されています。第2 部では,患者さんの変化に結び付くような家族の関わりについて,動機付け面接の理論と変化についての超理論モデルなどが解説されています。第3部では,さまざまな介入法の実際が詳細に書かれており,内省能力を高めるために作文課題を効果的に用いる方法や,摂食障害患者をケアする家族のためのワークショップの内容,入院から外来へ移行する際の集中的な3日間の家族向け治療プログラム,家族のサポート・スキルを向上させるための取り組みなどが詳しく解説されています。なかでも,家族を対象にしたワークショップは,専門家と家族が共同的にケアを進めるうえで重要な部分になります。私たちが留学していた当時,このワークショップはガイズ病院とべスレム王立病院で実施されていましたが,トレジャー教授や本書を分担執筆しているスタッフが中心となり,心理教育やロールプレイを含めたスキル・トレーニングが熱心に行われていたことを思い出します。参加者は,母親だけでなく父親,きょうだいも含めさまざまであり,ロンドン市内だけでなくイングランド各地からはるばる参加する家族もいました。また実際に重篤な摂食障害から回復した当事者(元患者)もこのワークショップに参加し,家族との関わりの体験談を話すようなコーナーもあるため,非常に説得力がありました。第4部では,妊娠,出産,育児などと摂食障害との関係や病気の経過や治療に及ぼす親の影響について解説されており,第5部では,まとめとして,家族の介入を患者さんがどう感じているかということが,実際のコメントを引用しながら,詳しく述べられています。この本を読むことによって,読者は,第一級の摂食障害専門ユニットでの共同的ケアの取り組みの実際について知ることができるでしょう。
 英国では,NICEガイドラインというエビデンスに基づいて作成された臨床ガイドラインが存在し,摂食障害の医療もそれに基づいて行われています。そのガイドラインに従い,モーズレイ摂食障害ユニットでは,認知行動療法的アプローチを治療の主軸に据えていますが,治療に対するモチベーションが低い患者さんには動機付け面接の原理を応用したさまざまな介入が工夫され,実施されています。過食症の治療では外来レベルでの認知行動療法が有効な場合が多いのですが,拒食症の治療でははっきりと有効性が実証されている治療法はまだ存在せず,ケースごとに現場で工夫しながらさまざまな介入が行われています。摂食障害専門病棟での集中的な入院治療によって,拒食症の患者さんの体重の回復が得られることは明らかですが,再燃防止のために心理的な問題を含めた食習慣以外の部分を治療していくのには,やはり相当な時間がかかり,困難な道のりが待っています。私たちが留学していた当時は,難治例には,対象関係論と認知行動療法を統合した治療法である認知分析療法(Cognitive Analytic Therapy)による治療も行われていましたが,最近では,拒食症患者の認知の柔軟性を高めるために認知矯正療法(Cognitive Remediation Therapy)などの治療法も導入されているようです。また,モーズレイ摂食障害ユニットでは,本書で解説されているような家族介入が積極的に行われていますが,密度の濃い専門的な治療を行うには豊富な人材が必要であり,各領域の専門家がチームを組んで共同的に治療に取り組まなければなりません。モーズレイ摂食障害ユニットでその専門チームを統括していたのが,入院部門ではトレジャー教授,外来部門ではシュミット教授でした。現在も両教授を中心にハイレベルな臨床実践,研究活動が行われており,世界の摂食障害医療をリードしながら,さまざまな有益な情報を発信しています。
 英国の医療事情と日本の医療事情の違いから,本書の内容をそのまま日本の医療現場や保健医療現場で実践するのは難しいことですが,そのエッセンスを理解し,日々の臨床に活かしていくことは可能です。この本が日本の多くの保健医療関係の方々に読まれ,摂食障害で苦しむ患者さんの支援に役立つことを願っています。
 最後になりましたが,私たちに本書の訳出を勧めていただいたトレジャー教授とシュミット教授,ならびに出版に際して御尽力いただきました金剛出版の藤井裕二氏に感謝いたします。また,第12章と第13章の翻訳にご協力いただきました吉岡美佐緒先生,そして翻訳作業を有形無形にサポートしてくれた家族や友人,同僚に感謝いたします。

2014年3月
訳者