夫婦カウンセリングの本である。
 カウンセリングといえば、「学校カウンセリング」に代表されるように青少年の心のケアに焦点を合わせたものが多く、「夫婦カウンセリング」という概念には馴染みのない読者が多いのではないだろうか。
 夫婦関係がぎくしゃくして悩んでいても、そのことでカウンセリングを受けにいくという発想は日本ではまだ一般的ではない。友人や知人に夫や妻の愚痴をこぼす人はたくさんいる。だが、それで根本的な問題が解決できるわけではない。枠組みのしっかりした、科学的根拠に基づく夫婦カウンセリングが必要なのだ。夫婦関係は人間関係のうちで最も重要なものだといっても過言ではない。核家族化が進み、地域の結びつきも希薄になってきている現在、夫婦の絆は最後の、そして最高の、心のよりどころである。この高齢化の時代、子どもが独立したあと、夫婦は長い年月を二人だけで過ごさなくてはならない。
 夫婦の愛にはトラウマを癒す力もある。先の東日本大震災では「絆」の重要性が再認識され、本気で結婚を考える人が増えたというが、本書の第V部の最初の章ではまさにそのことを言い当てている。「信頼してつながれる人がいるほうがトラウマからの回復は容易になる」と著者は述べている。
 だから、そんなにも大切な夫婦関係に亀裂が生じたら、手をこまねいていてはいけないのだ。早急に、本気で、関係改善に取り組まなくてはならない。
 本書で提示した愛についての考え方は、トラピスト会の僧であり著述家でもあるトマス・マートンの考え方と合致している。彼は、思いやりとは結局「相互依存の認識」に基づくもので「すべての生き物は互いに深くかかわっており、互いの一部なのだ」と述べている。人類がこの脆弱な青い惑星の上で生き延びるためには、分離の幻想を超えて、互いに依存しているのだということを理解しなければならない。そのことを私たちは最も親密な関係のなかで学ぶのだ。
 愛についての本を終わらせるのはむずかしい。この本では愛に関する新しい科学とそれがいかに安定した絆の構築に役立つかを詳述してきた。だが、愛を完全には理解することはできない。知れば知るほど、知らないことが出てくるからだ。詩人E・E・カミングスが言うように「いつだって、美しい答えはもっと美しい問いを発する」のである。
 本書は、身近に夫婦カウンセリングを受けられる場をもたない私たちにとって大変な朗報であり、嬉しい贈り物である。不和を取り除き、円満な夫婦関係を取り戻すための七つのステップが順を追って、事例と共にわかりやすく説明されている。それによって、実際にカウンセリングを受けるのに近い効果が得られるようになっている。
 各ステップの終わりには「やってみよう」のコーナーが設けられており、声に出して話したり、ペンをとって書いたりすることで、本から得た知識を定着させることができる。このコーナーは、カウンセラーから直接話しかけられているような感じをもっていただくために、あえて「です・ます調」で訳した。著者は長年の臨床経験と他の学者たちの膨大な研究データに基づいて、情動(感情)の問題を科学的に論じている。だが、そんな科学論文でありながら、ふと肩の力が抜けるような挿話や、思わずほろりとさせられるような場面の描写が随所にちりばめられている。その意味でも大変読みやすく、魅力的な一冊である。冒頭のレナード・コーエンの歌“Dance me to the end of love”の哀調を帯びたメロディが翻訳中に何度も頭の中でリフレインし、私自身も心を揺さぶられるような体験をさせていただいた。
 どんなに物が豊富でも、愛のない人生は不毛だ。夫婦の愛を取り戻すうえで、この本はきっと役に立つにちがいない。
 翻訳の機会を与えてくださった金剛出版編集部の高島徹也氏と梅田光恵氏に心から御礼申し上げます。

二〇一四年三月
白根 伊登恵