『自閉症世界の探求−精神分析的研究より』

ドナルド・メルツァー他著/平井正三監訳/賀来博光,西 見奈子訳
A5判/312p/定価(3,800円+税)/2014年11月刊

評者 木部則雄(こども・思春期メンタルクリニック/白百合女子大学発達心理学専攻)

 メルツァー編著の『自閉症の探求』は1975 年に発刊されたクライン派の自閉症の精神分析に関する臨床研究の先駆けとなるものである。この当時,我が国ではベッテルハイムの自閉症の著書『自閉症―うつろな砦』(みすず書房,1973・1975)の翻訳が刊行された時期である。この著作は全世界に大きなインパクトを与え,自閉症の「フリッジドマザー」という環境因説,あたかも精神分析が万能であるかのような幻想が流布された。本書はこうした時代背景の枠組の中で,英国クライン学派,タヴィストック・クリニックの児童家族部門の代表であったメルツァーとその弟子たちの著作である。本書とベッテルハイムの著書を読み比べると,環境重視の自我心理学とクライン派の精神分析による心的世界の探求との相違が鮮明になり,とても興味深い。その後,ベッテルハイムは多くの批判を浴び,今でもこの影響によって精神分析の自閉症への適応はあたかも禁忌であるかのような風潮に至っていることは嘆かわしいことである。
 本書はメルツァーの精神分析的知見と症例報告から構成されている。まず,本書を読むに当たり,第3 章から第6 章までの4 ケースから読むことをお勧めする。ここには異なるタイプの自閉症児のセラピーの経過が記述され,悪戦苦闘するセラピストの苦悩を読み取ることができる。結果的には,中核的自閉状態には好ましいセラピーの結果ではないが,今でいうアスペルガー的な子どもには十分な効果が認められている。1994 年だったと記憶しているが,メルツァー自身の講演を聞いたことがある。この時も,メルツァーは中核的自閉状態の精神分析の適応にはペシミスティックであった。この研究でのこの結果は,私自身の個人的な臨床経験からしても,追体験的に納得いくものである。
 こうした臨床実践の経験を受けて,メルツァーは自閉状態,ポスト自閉症心性を区別して,パーソナリティ論を展開している。ここに関わる,マインドレス,分解,次元性,強迫性,付着同一化,投影同一化などは,その後のメルツァーの著作で詳細に展開される。本書にはその源となる萌芽が網羅されている。メルツァーの理論の難解さは,こうした中核的自閉症の心性,マインドレスを起点にしているために,私たちの想像を超えているからだろう。
 メルツァーの指導,影響を受けつつ,その後のタスティン,リード,アルヴァレツといった人たちが英国では自閉症児への精神分析的アプローチを継承している。本邦ではすでにこうした著書が先に翻訳,刊行されている。翻訳には多くの苦労があったと思われるが,翻訳の出来は章によって異なるが,十分に読み込むことができる出来栄えである。
 本書は精神分析的心理療法に関わる人にとって必読であるだけでなく,難解ではあるが自閉症児に関わる専門家,さらに最早期の乳幼児のこころの誕生に関わるような研究者などにも多くのアイデアと閃きを与える書である。

原著 Meltzer D, Bremner J, Hoxter S, Weddell D & Wittenberg I:Explorations in Autism:A psycho-analytical study