生来人見知りが激しく、ひっそり暮らそう、そうしか出来ないという自覚と家庭の事情もあり、長く仕事をすることはあり得ない、だから一日一日を不器用でもこころを込めて働こうと考えてきた。1988年の夏、常々私に対しなるべく家にいて、外へ行くのは必要最小限にと口にしていた義母が「一度は海外で国際学会へ出席していらっしゃい」と勧めてくださり、吃驚した。「発表するわけでもありませんし、お側にいます」と応える私に「一週間なら留守番できる大丈夫」と熱心にすすめてくださった。
 その年の児童青年精神医学会はジュネーヴで開催された。明媚な風光、充実したプログラム、本来は気持ちは弾むはずなのであろうが、暮れなずむレマン湖畔での懇親会の席でもいろいろな思いでもやもやし戸惑っていた。突然、爽やかな通るお声が聞こえた。「お書きになるものから何時も刺激を受けています」青木先生との出会いであった。ミルトン・エリクソンを我が国へ紹介されたり、的確でそれでいて解りやすい言葉で本質をつかれる文章を書かれる方とは存じ上げていたが、軽い驚きであった。自然で率直なご様子に接し、もやもやがほぐれていったあの瞬間は今も鮮明に思い出される。ほっとして、滞っていた思考や感情がいきいきと動き始めたのであった。
 数年後、対談のご提案をいただいた時も吃驚した。お話しする内容が果たしてあるだろうかと案じられたのである。ところがすぐれた聴き手に出会うと、安堵感が生じ、自分の中で滞りが消え、いろいろ思考の過程が流れ出し、感情が生き生きと動いて展開が生まれるのであった。
 本書のまえがきで、青木先生は《村瀬+青木》→《村瀬でもない、元々の青木でもない「何か」》が生じる、これが真に学ぶ、と言う体験ではないかと仰っている。全く同感である。私は対談しながら、またその後で、この対談から多くのことを学ばせていただいた。その一つを披露させていただく。聴き手は語り手の話す内容をただ受け身的に受け取るだけでなく、受け取っている自分の内に生起する感情と思考をありのままに素直に自分の所与のものとして認め、味わいながら語り手の語る内容と照合して考える。この内的過程での考えが次の語りかけ、問いかけに自然に反映される。また、語り手は聴き手の諸々の反応に対して気づきながら、自分の語りの内容を自ら聴き吟味し考えながら語っている。換言すると語り手は自分の語る内容を自ら味わい検討しており、相手への語りかけと自分への問いかけを同時に行っている。こういう重層的に思考と感情の流れが聴き手の内面、語り手の内面に生じる時に、聴き手と語り手双方の内面に、語りの内容が的確に共有され、それへの理解が確かなものになり、そこからあらたな気づきや課題意識がうまれるのである。
 通じ合い、そこにささやかでも新たに何かが気づかれ、生じる対談とは外見は静謐にみえても、実は極めてダイナミックな営みで、そこには「生きられた時間」が流れているのである。実はこのような営みは読書の折りにも生じる場合がある。書物の内容を諳んじる、とか対象化して捉えるというばかりでなく、書物を読みながら、自らに問いかけ確かめる、思考の展開の契機をつかんでいく、そういう過程が活き活きと生じるのが本との出会いの楽しみであろう。この対談がそのような契機を読者の方々にすこしでももたらすことが出来たら本当に有り難く思う。

平成二六年夏 村瀬 嘉代子