本書は,メイヤー(Meyer, G.)がビグリオン(Viglione, D.)・ミウラ(Mihura, J.)・エラード(Erard, R.)・エルドバーグ(Erdberg, P.)と共に2011年に著し,現在4刷のRorschach Performance Assessment System;R-PAS(ロールシャッハ・行動査定体系:邦訳のタイトルは,ロールシャッハ・アセスメント システムとした)の全訳である。
 かつてエクスナー(Exner, J.)はロールシャッハ・テストが臨床場面に,より役立つことを意図して,1968年にロールシャッハ研究財団を設立し,米国におけるロールシャッハ・テストの主要な学派を比較検討し,実証性に基づき,「包括システム(Comprehensive System)」を構築した。「包括システムによるロールシャッハ・テスト」が,従来の他のロールシャッハ・テストと異なるのは,標準化された実施法を持ち,客観的で信頼性のある記号化(コード化:スコアリング)を行い,基準となるデータベースを基にして,系統的に解釈を進め,パーソナリティの査定を行っていく点である。それと共に重要な特徴の1つとして,基準資料・実施法・コード化・解釈法などが,新しい実証的研究に基づき変化・発展し改訂され続けてきたことがある。包括システムの最新版はエクスナーにより2003年の『ロールシャッハ・テスト:包括システムの基礎と解釈の原理(第4版)』(中村・野田監訳:金剛出版)と,2005年のエクスナーとエルドバーグの『ロールシャッハ・テスト:上級解釈(第3版)』が刊行されている。
 エクスナーは包括システムを改善するために,包括システムの研究基盤を発展させ統合しようとして,1997年にロールシャッハ研究会議を設立し,本書の著者らのうちの4人がこれに加わり,本書の内容のような研究が行われてきた。しかし2006年に逝去したエクスナーは,包括システムの研究を引き継いだり,改正する者を法的に指定していなかったので,これまでと異なり,ロールシャッハ研究会議による新しい研究や資料を「包括システム」という名称のもとに用いられなくなった。その結果,メイヤーらは包括システムの名称に代えて,新しく「ロールシャッハ・行動査定体系(R-PAS)」という本書の名称を用いるに至った。したがってR-PASは包括システムと互換性があり,それが発展してきた体系である。
 そのため本書には,単に新しく改訂された実施法と解釈法の叙述だけでなく,包括システムと異なる点が詳細に述べられている。例えば実施する際,反応数に関して2つか3つを答えるようにという反応数最適化法を用いることにした点,コードの分類を整理したこと,国際的な資料を基に新たに改訂された形態水準表を作成したこと,解釈に関連して,空白反応(S)が怒りと関係がないということ,体験型の分布は双峰型でなく正規分布に近く,両向型が平均近くにあり病理的な意味は少ないことなど,多くの所見が実証的根拠と共に示されている。このように本書には,ロールシャッハ・テストの妥当性と信頼性を高める研究結果が述べられており,本書は発展してきた現在の包括システムの現状を明らかにしている。
 来日したエルドバーグを通じてメイヤーを紹介され,メイヤーからわが国の形態水準の資料を求められた時,異なる文化圏においては形態水準の基準は異なっていると考えていた監訳者は,いったんは躊躇した。しかし,ロールシャッハ・テストの妥当性と信頼性を高め,臨床心理査定により役立てようとするメイヤーと話しあい,まず基準を作り,それに問題があれば,文化的な差異に言及していけばよいと考えて,R-PASの形態水準表の作成に協力した。この作業は,メイヤーらが当初,さまざまな基準によって反応を選択することを求めてきたため,それに合わせていくことと,日本語を英語に翻訳する際に,機械的にはしなかったため,相当な時間を要した。
その後,ロールシャッハ・テストをR-PASの実施法によって施行したところ,対象者が答えやすく,コード化も容易であることを実感した。その時に,来日した折々に言葉を交わしたエクスナーのことが思い出された。エクスナーの包括システムの書物である『現代ロールシャッハ体系(ロールシャッハ:包括システムの基礎原理 第2版)』(金剛出版)を,わが国で最初に翻訳した縁で,エクスナーには初来日以来,何度も会い,いつも新たな改訂に取り組んでいく熱意を感じていた。また,エクスナー自身は,包括システムをグローバルなものにと考えており,ワイナーらと異なり,文化差は考慮しないと言ってはいたが,一方では,文化差を考慮する必要性も感じて柔軟な態度を示すこともあり,監訳者が津川律子・中村紀子らと共同で発表したわが国の平凡反応に関心を寄せ,公開のワークショップでの日本人のロールシャッハの解釈の際には,日本人の基準で解釈したりしていた。監訳者らの日本語の著書である『ロールシャッハ・テスト解釈法』をエクスナーが自分からスイスのロールシャッハ・アーカイブズに送ってくれたりもしていた。
 監訳者がロールシャッハ・テストを実施しだしてから,もう40年以上の歳月が流れている。臨床心理学を志し,心理学の大学院に在籍しながら,毎週,精神科の病院に実習に通い,投映法に関心を持ち,ロールシャッハ・テストと描画テストを独学で学んで実施した。当時はクロッパー法のロールシャッハ・テストを実施していた。就職後は,大学で臨床心理学を教える傍ら,病院や児童相談所での臨床実践を続けていった。その中で高橋雅春に出会い,ロールシャッハ・テストの指導を受け,共同でクロッパー法による『ロールシャッハ診断法T・U』を著した。
 その後,包括システムに出会い,実証性を重視する包括システムに移っていった。包括システムは実証性を重んじることで,対象者のパーソナリティをより客観的に捉え,心理的な援助に役立てようとしており,臨床現場で役立つ方法である。わが国でも包括システムが使えるように,西尾博行と共に3人で,『包括システムによるロールシャッハ解釈入門』『ロールシャッハ・テスト実施法』『ロールシャッハ・テスト解釈法』『ロールシャッハ・テスト形態水準表』を著し,単著で『ロールシャッハ・テストによるパーソナリティの理解』を著して,いずれも金剛出版から出版した。
 包括システムが,ロールシャッハ・テストの他の技法と異なるのは,前記のように,新しい実証的な証拠によって改訂されてきたことである。R-PASを知った時は,大きな変更点に当初は戸惑ったものの,発表されたものを詳しく見ていくと,妥当な修正であり,包括システムの延長と感じられるようになった。
 2011年に東京で実施された国際ロールシャッハと投映法学会で,メイヤーから,まもなく出来上がる本書の翻訳を依頼され,着手することになった。翻訳を決意したのは,永くロールシャッハ・テストを実施してきて,対象者のパーソナリティを深く理解するためにロールシャッハ・テストは欠かせないと思っているが,時に,妥当性の疑問が生じることがあり,それをR-PASは解決してくれるのではないかと感じたことと,エクスナーが中心になって改訂を重ねてきた包括システムがより発展するには,このような形を取るしかないことを感じたからである。
 本書は非常に大部の書物となっている。それは本書がロールシャッハ・テストの初学者のことを配慮し,具体的に述べられた基礎的な実施法やコード化から上級の事項や解釈へと進むように叙述されているからである。本書の全体像を解説した序章に始まり,第2章は実施法であり,R-PASや包括システムに限らず,どの技法のロールシャッハ・テストを実施する際にも重要な,ラポールの形成と維持の仕方や,図版の回転などの対象者の行動の観察の留意点などが,詳細に記してある。第3章は基本的なコード化の章であり,R-PASのコードの体系が簡潔にまとめられ,コードの定義が分かりやすく解説されている。初めてロールシャッハ・テストの記号化を行う人でも,全体像が理解できると共に容易にコード化が可能となる。第4章はコード化の詳細な解説が書かれ,第5章は,さらに,間違いやすい複雑なコード化が多くの反応例とともに述べられている。第6章には,今回新たに収集された資料に基づく形態水準表が示されている。第7章では実際の反応のコード化の例が挙げられて,読者がコード化の練習ができるようになっている。第8章から第11章までは解釈についての解説である。第8章では解釈のために必要な変数の計算と変換の仕方が述べてあり,R-PASで新たに用いられる解釈のための変数についても詳細な記述がなされている。第9章には基準となる統計値が掲載され,オンライン上でも手計算でも要約が可能となる方法が示されている。第10章では解釈の方法と論理的根拠が述べられており,ロールシャッハ・テストから得られた反応から,対象者のパーソナリティ特徴をいかに理解していくかが解説されていて,R-PASに限らず,どの技法にとっても有用な章と考えられる。第11章では臨床事例が取り上げられ,実際にロールシャッハ・テストによって対象者を理解していく流れが示されている。第12章以後は基準となる統計的数値と共にこの技法の手続きが解説されている。付録として,R-PASの用語の解説と,さらに,包括システムの用語との比較が綿密に提示されると共に,オンラインのR-PASのスコアリング・プログラムの手引きが掲載されている。
 本書を読み進めていくことで,初めてロールシャッハ・テストを学ぼうとする人にとっても,分かりやすく,容易に実施でき,解釈が可能となると思われる。
 R-PASを実施していこうとする人だけでなく,これまでの包括システムに従っていきたいと思っている人にも,コード化の基準や変数の解釈の仕方など,多くの点で本書は役立つと思われる。また,他の技法でロールシャッハ・テストを実施している人にとっても,ロールシャッハ・テストの図版を見て答えられたものが,対象者のパーソナリティにどのように結びつくかの点で役立つと共に,包括システムの米国における最新の状況を知ろうとする人にも本書は有益であろう。
 本書は高橋真理子が全訳したものを,高橋依子が検討し必要な箇所を修正したものである。高橋真理子は心理学ではなく英語学・英語教育学が専門であるが,傍らでロールシャッハ言語が飛び交っている環境で育ち,ロールシャッハ・テストに関心を持っていて,本書の訳出を快諾した。メイヤーから本書の翻訳を依頼された時,当初は共訳者を募ろうかとも考えたが,全体的な統一を図るには,単訳の方が良いと考えて,高橋真理子1人での翻訳にした。
 本書の出版に当たっては,金剛出版の弓手正樹氏に大変お世話になったことに,心から感謝したい。

平成26年10月
高橋依子