本書はマイケル・ウンガー(Ungar, Michael)が2006年に出版した“Strengths-Based Counseling with At Risk Youth” Corwin Pressの全訳です。ウンガーは現在,カナダのハリファックスにあるダルハウジー大学でソーシャルワークに関する研究・教育にたずさわっています。また25年以上にわたってソーシャルワークの臨床実践にたずさわっています。ウンガーは2012年12月にカナダのソーシャルワーク協会から“Outstanding Service Award”を授与され,その著作は幅広い読者層を意図して,学術専門書や,本書のような実践書はもちろん,小説という形態までとっています。
 本書の主題となる「リジリアンス」とは,ウンガーによれば「重大な逆境の下,自らの幸福を維持するための心理的,社会的,文化的,そして身体的資源に自らを導く個人的能力,およびそれらの資源が文化的に意味のある仕方で提供されるよう個人的にも,集団的にも意味の交渉を実現する能力」です。本書の原題にある「ストレングス」と類似していますが,逆境におかれた際に発揮されるのがリジリアンス,平時から存在するのがストレングスと使い分けられます。当初は,個人の特質として議論されたリジリアンスですが,近年では,環境との相互作用に注目したエコロジカルなモデルが注目されています。ウンガーは自分の立場を「社会エコロジー(social ecology)」と呼び,エコロジカルなモデルをふまえつつも,社会構成主義的なアイデアをとりいれ,社会的な相互作用のなかでの意味構成を強調していますし,実践面ではナラティヴセラピーから多くを学んでいます。もっとも,実践家むけの本書には,こうした社会構成主義の考え方については詳しく論じられていません。社会構成主義的なリジリアンスのとらえ方に興味がおありの皆さんは,彼の2004年の著作“Nurturing Hidden Resilience in Troubled Youth”もご参照ください。
 本書の内容にうつりましょう。第1章はウンガー自身の少年時代のいじめられ体験が開示され,いじめっ子であったジェフリーと自分との境遇が実は似たものであったのにもかかわらず,どうして行動には違いがでたのかを考えるところからはじまっています。本書で主題となる「危険(dangerous)」「非行(delinquent)」「逸脱(deviant)」「障害(disorder)」の4D行動をとる若者たちは,私たちからみれば「問題」ですが,他方では,リスクを抱えた若者のサバイバル戦略とも考えられます。第2章では,こうしたサバイバル戦略を,どこにいても誰といようと自分のアイデンティティにしがみつく「パンダ」,日和見でどこにでも融け込もうとする「カメレオン」,そして自分が相手をコントロールできるように自分に注目させる「ヒョウ」の3つに分類しています。
 第3〜5章はリジリアンスを育てるための戦略の紹介です。若者たちの4D行動に対してウンガーが提案する戦略は「やめさせるのではなく代わりを探す」です。彼はテコのような図(本書図3.1,054頁)を使って自らの実践を説明しますが,この戦略はテコの支点です。テコの片側には4D行動が載っており,そのままでは若者は危険で慣習的でない径路へとはまりこむ。戦略1の「若者の真実を聞く」をはじめ,「若者が自らの行動を批判的に見るよう援助する」「若者が必要だというものにフィットする機会を創造する」「若者が耳を貸し,敬意を払うような仕方で話す」「最も大切な差異を見つける」という5つの戦略は,それをおくことでテコをリジリアントへと傾かせるおもりとなるわけです。
 第6章は,いじめの臨床実践。これまでみてきたパンダ,カメレオン,ヒョウのアイデンティティがそれぞれどのようなイジメっ子の姿となってあらわれるのかが示されます。近年,わが国においても知られるようになったイジメ予防をうたう心理教育プログラムについても若干批判的なスタンスを披露しながら,イジメっ子にイジメでない代案を提案するための会話を展開しています。そして最後に第7章と8章では,リジリアントな若者のストレグスを評価するインベントリーを紹介し,その利用法が紹介されています。
 わが国では,本書でとりあげられるような若者に対して,社会は年々寛容さを失っているようです。少年法の厳罰化をはじめ,学校教育をめぐるトピックには「ゼロ・トレランス」「毅然とした対応」といった言葉が踊ります。本書の訳出がはじまった2012年の夏,ある痛ましい事件をきっかけにして沸き起こった「いじめ」撲滅についての言説の多くも,イジメ=犯罪という図式をもちだし,警察官を学校に派遣するといった解決が語られます。こうした方策に共通するのは,当の若者たちが何を考えているのかを聴き,どうすればいいのか私たちが思い悩むかわりに,若者をより大きなパワーで従えようということでしょう。もしかしたら,私たちはウンガーが結論で述べたように「若者についてのある種の考え方にはまって抜け出せないでいる」のかもしれません。彼(女)らに変わることを求める前に,私たちも変わることが必要でしょう。
 本書の訳出はナラティヴ鉄板コンビの小森先生と奥野さんが,それぞれ第1〜2章,6〜8章を,松嶋は3〜5章を担当しました。本書のテーマに関心の近いものが中心になるという方針から私がまとめを担当しましたが訳出においてはお2人に多いに助けていただきました。高島徹也さんをはじめとした金剛出版のみなさんのご助力にも感謝します。

松嶋秀明