本書はどんな方が手にされるのでしょう?実践書である以上,その中心にこられるのは,少年非行に日々取り組んでおられる方々であり,リジリアンスはどうやったら仕事で使えるのかという興味に導かれた方ではないでしょうか。あるいは,いじめの問題にからんで本書に興味をもたれたスクールカウンセラーかもしれません。さらに拡げて,こどもの臨床に取り組んでみえるカウンセラーやソーシャルワーカーの姿も浮かびます。もちろんリジリアンスという臨床概念の噂を聞きつけて,その可能性を吟味したいと思われた方もおいででしょう。
 ところで,なぜ私のような緩和ケアという領域で精神腫瘍医をしている人間がこのような本を訳しているのかと思われるかもしれません。職業的翻訳家ではない者の手になる訳書というものにメリットがあるとすれば,それは唯一,その臨床感覚なのですから。私は,精神科医になる前,十年間,小児科医をしていました。そして,そのあいだに家族療法を修得しました。沖縄では児童相談所で非行少年の面接をさせてもらったり,大学にもどってからは小児心身症外来を開いたり。まあ,これは昔取った杵柄というものですが,実は,おとなのリジリアンスという問題にこそ,私は今,注目しています。実際に,リジリアンス研究の主要テーマについてPsycINFOで2014年の文献を検索された二平義明氏によると,がん領域というのは,貧困,災害,児童虐待に続いて4番目に多いそうで,そのあと,難民,いじめ,高齢者介護がくるのだそうです。
 2012年4月,がん対策基本法が5年ぶりに改訂され,がん患者の就労支援が重点のひとつとなったため,『サバイバーと心の回復力:逆境を乗り越えるための7つのリジリアンス』翻訳以来10年ぶりにリジリアンス研究を展望してみました。原書は1993年刊行であるため,実質20年におよぶ研究の進展を追うことになったわけです。
 2002年頃までのトラウマ一辺倒の言説に嫌気が差して,せめてネガをポジに反転することくらいはしておきたいものだとウォーリンとウォーリンの同書を共訳したものの,まだそこでは,リジリアンスが個人的特性とされる部分がありました。ナラティヴな社会構成主義的視点に馴れた者にとっては,そのままの実践応用は多少,腰が引けるものだったのです。しかし,いずれリジリアンスの社会構成主義的理解を提唱する人が登場するだろうと期待していました。そして待ち人,到来。マイケル・ウンガー。しかも,なんと彼は日本ソーシャルワーク学会第29回大会(2012.6.8-10,関東学院大学)に招聘されていたのです。タッチの差で大会に参加し,翻訳の話もまとまったのでした。
 Resilienceには訳語(といっても,読み方なのですが)が4通りあります。私たちは12年前に訳語を決定する際,欧米で話されている音に一番近い音として「リジリアンス」を選択しました。これは少数派ですが,今後,社会構成主義を強調するアプローチがこの読み方に統一されれば,ナラティヴvs.ナラティブのときと同じように,それはそれで役に立つ指標になるのではないかと思っています。ちなみに,「リジリエンス」と選択された仁平氏の「リサイクルをレサイクルと言わないように……」という指摘は素敵です。
 いずれにせよ,リジリアンスが,「あるか,ないか」といった形で,個人的特性に還元されることだけは勘弁願いたいと思う。「雨降って,地固まる」,これは雨と土の物語なのだから。

小森康永