このワークブックは,アメリカの伝統ある依存症治療施設Hazeldenで出版されている“Understanding Schizophrenia and Addiction 2nd ed.”の翻訳版です。「解離性障害とアルコール・薬物依存症を理解するためのセルフ・ワークブック」に続く重複障害(注釈)シリーズの二冊目にあたります。
 ひょっとすると,この本を手にされたあなたですら,訝しく思われるかもしれません。
 「いや,私は病気ではない。そもそも,この本は,信じることができるのだろうか?」
 信じられないものでしょう。あなたが,ご自身のペースで,ご自宅で取り組むことができるのがワークブックの強みです。感情に気づき目標を軌道修正して,対人関係の橋渡しをすることに,この本を活かせるでしょう。ご家族,支援者の方々が先の見えない不安や孤立から抜け出すことにも有用でしょう。
 依存症を患うと,気分障害を合併することが最も多く,統合失調症を合併することはその次に多いものです[.1,2]。後者では,処方薬を止めてアルコールを飲んで自己治療した末の入院が目立ち[.3-5],重症化すると自殺行動[.3]や暴力[.6,7]を伴うこともあるため,最も注意が必要です。しかし日本では依存症の人口が少なく,その治療プログラムが殆どありません。医療者は対応に戸惑い,通常のプログラムに参加できない方々は自信を失います[.1,6]。だから,この本が必要だと思いました。
 あなたが身体に不調を感じるとき,それは病気の初期症状かもしれません。統合失調症に加え依存症を合併すると,肝障害など身体疾患も伴いやすく,脳が萎縮して自分を抑制できず衝動的になります[.7,8]。自分を抑制できない病気を意志だけで治すのは難しいものです。重症化する前に早く治療すれば治る人もいます[.4]。処方薬を飲めば,不眠,やる気のなさ,怒り,不安から解放されます。認知行動療法,動機づけ面接,行動療法,家族療法などを統合した治療も効果的でしょう[.9]。
 専門医ではない支援者も,あなたに関わることが多いはずです。薬物治療の専門家は,精神科(依存症専門外来)・心療内科ですが,一般病院,デイケア,訪問看護,保健所,自助グループの各種援助職の方々からの支援は欠かせません。専門医が居ない環境でも,この本にはさまざまな治療が織り込まれていて,皆で回復を眺めることができるでしょう[.6]。
 ご家族が,この本で病気に対する理解を深めて,ご家族自身の回復を学び[.6]対処法を身につけられると,お互いに不安が減って,皆で落ち着いて過ごせるかもしれません。
 「病気ではない」とあなたが語っても,医師は診断して処方薬を勧めるでしょう。あなたは,お気持ちを大事にされない感じがするかもしれません。ただ,あなたが気づかないうちに悪化する病気を防ぐには,処方薬と全体の協力が不可欠です。この本で緊急時の対処を相談しておけば,あなたの意思も家族も守れるでしょう。誰かが悪化に気づいて薬剤調整で重症化を免れることもあるのです。
 悲惨な目にあうと[.10]誰も信じられないもので,そんな支援は望まれないかもしれません。たしかに特定の人に依存して助けを求めれば燃え尽きることもあり,お互いに長期戦では,全体の支え合いが重要です[.6]。この本で,安全確保,対人関係の課題,自己管理を身につければ,余裕をもって,浅く広い支援を求めることであなたが誰かを支えることもできるかもしれません。
 実は,若い女性の医療者が暴力の被害に遭い易く[.11]対応改善に取り組んでいます。治療が効かない暴力で肝心の治療が捗らず解決策を探すなか,教わったこの本を想い出しました。ご本人がこの本に興味をもって下さり自己表現なさると,周りの支援者から理解や安心感,協力も得られて私もとても助かりました。あなたが自己表現されて沢山の支援者とネットワークを築かれるよう,祈っています。
 背表紙によると,著者のK・A・モントローズ氏は治療センターの出版や訓練部門の管理者で,WPICでこの治療プログラムを立案されました。D・C・デイリー先生は,ピッツバーグ医科大学の精神科准教授,アルコール薬物依存症外来と西洋精神医学研究クリニック(WPIC)の医長を兼任され,20 年以上,治療プログラムの開発に取り組まれています。その著書は世界各国で翻訳されています[.12]。
 最後に,刊行へ向けて機会を下さり忍耐強く見守られた金剛出版の立石正信社長,ご多忙のなか監修・監訳をお引受け下さり熱意をもって指揮を執られた松本俊彦先生,悠然とした構えでご指導いただいた市川亮先生,診療姿勢や文章から学ばせていただいた匿名の指導者へ心からの感謝を捧げます。国立精神・神経医療研究センター病院で夜な夜な翻訳した原稿が出版に至るという仕合せは,患者様,看護師長,各種援助職の方々,私の支援者とのご縁の賜物だと有難く思います。

2014年8月
訳者を代表して 藤井さやか

注釈) 重複障害とは二つの病を患うことです。依存症を発症した後に精神病を合併すると,日本では中毒性精神病(アルコール性精神病や覚せい剤精神病)と診断します。アメリカでは中毒精神病も統合失調症と診断するため,中毒性精神病を患う方もこの本の対象です。

.参考文献
1) アルコール重複障害者の支援とネットワークづくりに関する研究.甲坂香奈子,白坂知信.日本アルコール関連問題学会雑誌13 巻.137-142. 2011.
2) 多施設研究で調べた閉鎖病棟と開放病棟に入院中のアルコール依存症患者の差,田中増郎,白坂知彦,長徹二等.第110 回精神神経学会.横浜.2014.
3) Prevalence of alcohol and drug-abuse in schizophrenic patients.M.Soyka,M.Albus,N.Kathman et al.European Archives of Psychiatry and Clinical Neuroscience:242:362-372.1993.
4)Predictors of stimulant abuse treatment outcomes in severely mentally ill outpatients.A.Frank,M.Michael,L.Michael et al. Drug and Alcohol Dependence. 131 : 162-165, 2013.
5) Medication compliance and comorbid substance abuse in schizophrenia:Impact on community survival 4years after a relapse. G. Hunt, J. Bergen,M.Bashir.Schizophrenia Research.54:253-264.2002.
6)【一般精神科臨床と児童精神科臨床の機能連携】青年期の薬物依存について.松本俊彦.精神科治療学.3巻.273-280.2006.
7) Impulsivity-related brain volume deficits in schizophrenia-addiction comorbidity.B.Schiffer,B.Muller,N.Scherbaum et al.Brain.133:3093-3103.2010.
8) Toward an interdisciplinary science of adolescence: insights from schizophrenia research.K.Kasai.Neurosci Res.75:89-93.2013.
9) Treatment of substance abusing patients with comorbid psychiatric disorders.K.Thomas,D.Daley,A.Douaihy.Addictive Behaviors.37:11-24.2012.
10) Trauma and comorbid posttraumatic stress disorder in individuals with schizophrenia and substance abuse.A.Picken,T.Nicholas.Comprehensive Psychiatry.52:490-497.2011.
11) An epidemiological study of work-related violence experienced by physicians who graduated from a medical school in Japan,M.Arimatsu,K.Wada,T.Yoshikawa et al.Journal of Occupational Health.50.357-361.2008.
12)Hazeldenホームページ http://www.hazelden.org/OA_HTML/hazAuthor.jsp?author_id=253