これは「サイコパス」─本書でも触れられているように精神医学専門用語として正式のものではなく、定義も確定していないものだが─的特徴をもった一人の脳科学者の自己発見、自己理解、自己変革の苦闘の物語であり、波瀾万丈の、赤裸々な告白に充ち満ちている自伝であり、最新の脳科学的知見と解説にあふれた科学的発見、その挑戦と冒険の物語である。ここまで赤裸々な暴露は著者の科学者としての姿勢であると同時におそらくは著者のいう自分の持続性軽躁状態のなせる技ではないか、と訝しみたくなるほどである。話の展開はスピード感のある、わくわくするようなエピソードの連続であり、読者を飽きさせない。この辺の呼吸と話術のたくみさは著者の個性的特徴、扁桃体と前頭葉の特性と能力、共同作業のなせる技なのだろう。
 個人的性格や行動特性への頑強な生物学的、遺伝的決定論から環境決定論の導入への著者の科学観、人生観の転換、つまりは氏も育ちも射程に入れることへの視点の変換は著者の個人史の検証、自己の科学的仮説の検証の必然的結果である。
 著者の略歴、研究業績については本書のなかで縷々述べられているので、ここで紹介する必要はないだろう。サイコパシーも含めた精神障害や正常者の脳科学、遺伝学、生化学などの生物学的研究の進展は急速で、国家的、国際的なプロジェクト、膨大な予算をつぎ込んだ巨大科学の代表的存在である。一部はめざましい成果を見せているものの、いまだ発展途上にあり、多くは検証が必要な仮説の段階にとどまっている。これは脳というもっとも複雑な器官を対象としている以上、この脳研究には必然的につきまとう運命であろう。
 ともあれ、著者のような機械論者、生物学的決定論者が環境因も十分に考慮した、著者のいう、脳、遺伝、環境の「三脚スツール」仮説に至った過程と結末にはおおいに興味をそそられた。というのも、訳者自身は、ここ数年前から、とりわけ昨年の日本犯罪学会設立百年記念大会会長講演の中で、「総合犯罪学」(Comprehensive Criminology)を提唱し、その時代的意義と重要性を強調してきたからである。生物学と心理学、身体医学と精神医学、そして社会学等の多次元的なアプローチが犯罪学には不可欠である。そしてこれらの統一的視点として「人間学」がある、と考え、主張してきた〈この論考等は近く、本書と同じく「金剛出版」から訳者の論文・著作集として公刊される予定であるので、興味ある方は参照していただきたい〉。科学と人間学の融合、統一が訳者の願い、目標である。人間学を欠いた犯罪学は罔(くら)く、理念と目標を失いやすい。科学に乏しい犯罪学は根拠を欠き、殆(あやう)い。
 脳科学用語や訳語等については、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学西川徹教授、同大学医学部附属病院精神科山本直樹講師、同大学保健管理センター平井伸英准教授より貴重な助言を頂いた。深く感謝したい。
 なお、一般読者にとって脳科学的説明は煩わしいと思われるかもしれない(例えば第四章後半など)。そのような場合は読み飛ばして、物語の先に進んで行って頂きたい。それでも本書の面白さは充分堪能できるに違いない。
 さいごに本訳書が成るにあたり、本書の重要性と意義をいち早く理解し、日本語訳刊行を決意した金剛出版立石正信社長にこころより感謝したい。

平成二十六年盛夏 那須山荘にて
訳者  影山任佐表