これまで私は依存症、嗜癖、アディクションという言葉を冠した著書をいくつか上梓してきた。
 @『アディクションアプローチ―もうひとつの家族援助論』(医学書院.1999.)、A『依存症』(文春新書.2000.)B『依存症臨床論―援助の現場から』(青土社.2014.)である。@は主として訪問看護にかかわる看護師や保健師を対象としており、多くの看護や介護に携わる援助者に読まれてきた。Aは新書として一般向けに依存症をわかりやすく書いたもので、15年経った今も読まれつづけている。Bは『現代思想』誌に連載されたものをまとめた一冊で、社会学・哲学・政治学といった人文科学系の人たちにも伝わることを意図している。
 ここまで読んできた方にひとつの疑問が湧いてくるのではないだろうか。臨床心理士である私が、なぜ心理臨床の専門家向けではなく、それをわざわざ避けるかのように他職種を対象としてきたのだろうと。読者のなかには私が臨床心理士であることを知らない人もいる。
 その理由はシンプルである。臨床心理士である人たちを同業者と呼ぶならば、つい最近までアディクションに関心がある同業者はほとんどいなかったからである。アディクション関連の研修や学会で同業者に出会うことは稀だったし、同業者と話していてもアディクション・依存症に対する関心をもつ人は少なかった。
 視野に入らないのか、それともアディクションというくくりを不要としているのか、はたまたアディクションへの苦手意識があるのか。たぶんこれら全部が当てはまるだろう。しかし一番大きいのは「現場」の不在ではないだろうか。
 同業者が現場をもたないなどと言うと批判されるかもしれない。ここでいう現場とは、生活全体・家族全体を視野に入れた、責任を伴い格闘する臨床現場のことである。ともすれば大きな組織のなかに心理職として一人配置され、医療システムのなかでヒエラルキーの一部となり、それも非常勤として実践せざるを得ない現状において、クライエントとのかかわりは限定的にならざるを得ない。最終的責任を取ることもなければ、臨床的手ごたえもないだろう。
 しかしアディクションはそれでは済まされない。本書で繰り返し述べてきたのは、専門家という権威や家族愛や既成の人格理論といったものがひっくり返され無効化される問題群としてのアディクションである。心理臨床の基礎理論や技法が生まれた原点のような現場がそこには広がっている。海から網ですくい上げるとあらゆる種類の魚がかかってくるように、暴力やお金、犯罪まで、まるでごった煮状態である。そのなかの鯛だけを選び、うろこを取り去り切り身にしてもらい、最後に調理するだけが臨床心理士の役割ではないだろう。構造や契約以前の混沌とした現場を再認識せざるを得ないのがアディクションである。
 冒頭で述べたように、アディクションについて書くのは4冊目であるが、本書は心理臨床の専門家向けとしてまとめた初めての一冊である。@を書き上げてから16年経ってやっとこの時が訪れたことを正直うれしく思っている。その背景としてまず日本の心理臨床をとりまく状況の変化を挙げたい。
 1980年にDSM−Ⅲが発表されて以降、アメリカの精神医療の変容は日本にも波及してきた。操作的診断法が一般化し、個人の内的世界の変容や成長を中心とするアプローチよりも、プログラム化された行動変容重視の臨床スタイルが臨床心理士にも期待されるようになったのだ。アディクションは行為に始まり行為に終わる問題である。70年代からとにかく行動変容を第一の目的としてきたアディクションアプローチがそこに役に立たないはずがない。
 もうひとつは本書でも取り上げたが、暴力の問題に対する取り組みとアディクションとの近接性である。家族関係における様々な問題の背後に虐待やDVといった暴力が存在していること、特にDVは被害者である妻=母のみならず子どもにも多大な影響を与えていることも明らかになりつつある。トラウマをめぐる研究の進歩が、よりいっそう暴力への取り組みの重要性を増している。アディクションと暴力の双方を視座に入れたとき、家族という現場はより明瞭な輪郭をもって立ち現われるだろう。今後は多くの同業者たちが、本書を通じてアディクションへの認識を深めることで、恐れず現場にかかわっていけることを願う。それこそが心理臨床の専門家としての力量を高めるのではないだろうか。
 記述スタイルが専門書らしい体裁を取っていないために、アディクション臨床の方法論を知りたい人たちには期待はずれかもしれない。明快な方法論やプログラム化されたパッケージを望まれるのであれば、すでに出版されているアメリカで誕生した翻訳書をおすすめする。本書は私自身の臨床経験から得られたアディクションへのアプローチを、社会学や女性学、哲学に学びながら、どのように根拠づけるかに重点を置いている。自らの臨床実践を、なぜそうなのかと言語化し説明できなければ専門家とは言えないと考えているからだ。同業者に対してはもちろんだが、説明の対象として私がつねに念頭に置いているのはクライエントである。クライエントこそ私たちを厳しく査定し、臨床心理的行為の根拠づけを問いかける存在なのだから。
 最後になったが、ご多忙にもかかわらず、本書の対談のためにお時間を割いてくださった藤岡淳子さんに深い感謝の意を述べたい。自由闊達かつ率直なやりとりは、臨床心理学の専門書ではあまり例がないのではないだろうか。対談の部分だけお読みになっても得るものは大きいはずだ。
 本書は『臨床心理学』誌に2011年7月から2013年9月まで連載されたものを一冊にまとめたものである。一部表現を修正したものの大筋は変更してはいない。
 企画の段階から連載終了まで、金剛出版の藤井裕二さんには本当にお世話になった。執筆は深夜から夜明けにわたることが常であり、それこそ夜戦のような日々だったが、幅広い視野と的確な指摘は原稿を仕上げるためにこの上ない動機づけになった。心より感謝します。ありがとうございました。

2015年3月 信田さよ子