『アディクション臨床入門』

信田さよ子著
四六判/240p/定価(2,800円+税)/2015年1月刊

評者 斎藤 環(筑波大学医学医療系社会精神保健学)

 著者の信田氏は,時に「カウンセリング業界の異端」と呼ばれる。「異端」ぶりについては人後に落ちない評者も,彼女には一目置かざるを得ない。ちなみに彼女のカウンセラーの定義はこうだ。「バーやクラブのチーママ,占い師,そして新興宗教の教祖を足して三で割り,そこに科学的な専門性という装いをまぶした存在」(『カウンセラーは何を見ているか』医学書院)。なぜ彼女は,あえてそうした立場を貫いてきたのか。
 鍵となる言葉,それは「医者にできないことをやりなさい」である。
 大学では哲学を学んだ信田は,大学院の師である児童学の松村康平氏に言われたこの言葉を,その後何度も思い出したという。70 年代に精神科病院に心理士として勤務するということは,精神科医を頂点とするヒエラルキー社会の中で,ある種のアイデンティティクライシスと結びつく経験だったはずだ。
 そこで彼女が出会ったのは,医療が救うことができない疾患,アルコール依存症だった。たまたま勤めた病院にアルコール専門病棟があったというが,評者には,彼女があたかも依存症から「呼ばれた」ように思われてならない。
 かつてアルコール依存症患者は,「アル中」といった蔑称にもうかがえるように,道徳性や克己心に乏しいはた迷惑な患者とみなされていた。こうした偏見に対して“治療可能な疾患”という見方は,当事者や家族のみならず,治療者にとっても救いだったはずだ。
 その後の彼女の人生は,一貫して精神医療の周辺領域に関わり続けることになる。依存症に始まりアダルト・チルドレン,DV 被害者の臨床から加害者へのアプローチへ。そう,彼女のフィールドは,「精神医療の外部」というばかりでなく,一般的な心理臨床の外部でもあった。
 そうしたことが可能だったのは,彼女がただの臨床家ではなく「原宿カウンセリングセンター(HCC)」の経営者だったこともあるだろう。彼女が切り拓いた「開業カウンセリング」の領域は,高度な専門性を持ちながら長らく身分が不安定だった多くの臨床心理士にとっての希望となった。ここでは彼女の専門性がプラスに作用する。通常の専門家には相手にされない悩みを抱えた人々が,HCCを訪れるようになったからだ。
 本書の後半は,夫のアルコール依存とDVに悩む妻という架空の事例についてのカウンセリング過程が,リアルなドキュメンタリー形式で描かれる。
 刻一刻と変化する状況に対して,カウンセラーが感ずる戸惑いや決断に至る過程が詳しく描かれる。HCCでは一つのケースを複数の専門家でサポートする体制が当然のようにとられているが,これは評者が最近注目している「オープンダイアローグ」の手法にも共通する。わが国の“心の専門家”も,そろそろ治療者−患者の二者関係を前提とした個人精神療法が王道,という拘りを脱却すべき時期なのではないか。そうした思いまでが「異端」であって良いはずはない。