『心理療法における言葉と転機−プロセス研究で学ぶセラピストの技術』

山尾陽子著
A判/240p/定価(3,200円+税)/2015年2月刊

評者 原田誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)

 新進気鋭の若手臨床心理士が「心理療法における言葉と転機」の実態を探索してその成果を世に問うた,フレッシュで意欲的な書である。本書の目標は,「治療の膠着状態が打開され,治療に転機をもたらすような言葉は,具体的にどのような状況下で,どのような表現によって語られているのか」を明らかにすること(本書36頁)。
 心理療法の勘所の一つを堂々と主題に据えたこの書のために,著者が練り上げた研究デザインは次のような独自の内容だ。@臨床歴25年以上のベテラン臨床家から「研究参加の同意」を得て「質問項目」を送付する。その内容は「言葉によってセラピーに転機が生じた事例について教えて下さい」など15項目。A「質問項目」に則ったインタビューを実施。B録音内容を基に「分析1」(インタビュー〜事例の分析)と「分析2」(インタビュー〜事例の解釈)を施行する。
 こうした周到な方法論に基づいて,5名の調査協力者を対象にして調査・分析を行った内容が本書に結実した。この書評では5人の記載を,@1名(セラピストD)とA残り4名(セラピストA〜C,E)に分けて扱わせていただく。まずは,セラピストDからいきますね。
 セラピストDが提示した症例は,「『もう動悸がして,もうしんどくてしようがない』という話をして,診察の時間とかお構いなしに『苦しい,苦しい』と訴えてくる」50代の女性。セラピストDはこの「『心臓が苦しくなる』ということばっかり言っている」症例を「身体表現性障害」と診断して臨床経験を語り,それを基に著者の考察が進められてゆく。
 しかるに評者は,「この症例は『身体表現性障害』ではなく,『パニック障害』と診断するのが適切ではなかろうか」という印象を抱いた。仮にこの推測が正しいとすれば,このケースにおける「心理療法における言葉と転機」の内実は,おそらくかなり違うものになる。そしてこの観点に基づいてみると,セラピストDにまつわる記載は「『心理療法における言葉と転機』で,精神医学的な診断が持つ影響力を如実に示している例」として,ユニークな意義を持つことになるだろう。
 続いて,残る4名(セラピストA〜C,E)に基づく論に移ろう。この4人が挙げた臨床場面はすべて治療導入期〜初期のものであり,本書は実質的に「治療導入期〜初期の『心理療法における言葉と転機』」を限定的に扱うことになった。
 4名の先生方の発言内容は,期待通りすこぶる刺激的で啓発的だ。まず感じられる長所は,各セラピストの心理療法観と実践の一端が,「心理療法における言葉と転機」という切り口で具体的につぶさに伝わってくるところ。対談で各セラピストが肉声で活き活きと語っておられる内容には,教科書的な記述からは期待しにくい抜群の臨場感〜魅力〜説得力がある。4人の豊穣な語りを通して,読者は「なるほどなあ!」(感嘆),「そうですよね!」(共感),あるいは「……でもこのところは,どうかな?」(違和感)などさまざまな経験を味わうことになるだろう。
 印象に残る次の特長は,「心理療法における言葉と転機」という公案への回答を通して浮かび上がってくる,各セラピストの卓越した言語観だ。インタビューの中で,セラピストはそれぞれ胸襟を開いて「ことばに対する思いと技」を自在に語っており,読者にとって参考になる点が多々あるに違いない。
 ここまで,セラピストの発言内容に関する評者の感想を述べてきたが,インタビューを基に著者が行った「分析1〜2」を初めとする考察への印象はどうか。評者の判断を率直に記すと,「分析〜考察によって学べたところは,残念ながらあまり多くないようだ」となってしまいそうである。字数制限もあり,1箇所だけ引用して問題の所在の一端を示させていただく。
 本書冒頭で,著者は「二者言語」と「三者言語」という「言語観の違い」に照明を当てる。そして,「心理療法における言葉は,『三者言語』と『二者言語』の双方を備えたものと言える」と述べている(16頁)。この部分を読んで評者が抱いた感想は,「ことばがこうした多面性や重層性を持つのは,当然のことではないだろうか。やや強引に二項対立を提示してから,改めてその統合を図って当たり前の結論を導くこうした議論の進め方には,少々問題がありそうだなあ」という内容であった。そしてその後の著者の分析〜考察にも,ややインパクトが小さいきらいがあるか,という印象を抱いた。
 才気溢れる著者の臨床経験が広がり深まるこれからの時熟のプロセスを通して,ご自身が発する活きた「言葉」が読者の変化を促す「転機」となる日が到来することを期待しています。