「臨床心理士の資格認定制度」が発足して、ほぼ二年になる一九九〇年頃、村瀬先生は心理職の仕事の包括的な状況について以下のように書かれている。
 「心理臨床の仕事の現場は……多岐にわたっており、実際の仕事の内容は共通部分もあるが、それぞれの領域の要請に応じてその特性はかなり変化に富んでいる。児童相談所や家庭裁判所、教育相談所などでは〈心理判定員〉〈調査官〉〈相談員〉など、それぞれ固有の役職名で呼ばれ、一定の役割が付与されているといえよう。しかし、病院臨床などという複雑な事情を持つ領域のなかでは、心理臨床家がその独自性や専門性をうちだし、治療チームのなかでその機能を発揮してゆくための明確な指針は残念ながらいまだ十分ではない」。それから二十年余が過ぎた二〇一四年現在、この事情は、「心理判定員」の呼称が「児童心理司」となり、他にも、学校での「スクールカウンセラー」、児童養護施設や自衛隊の「心理療法士」が加わるなど職域は拡大しており、社会の制度のますますの細分化や情報化、そして高齢社会、被災者、被害者への支援、いじめ、虐待、自殺、ひきこもり、過重多重債務問題など、課題は深く、増大しているのだが、〈チームの中で機能を発揮する指針〉が明確でないという基本的な事情はまだ解消されてはいない。

一 村瀬先生に学ぶということ

 村瀬先生に指導いただくグループ研修会はさまざまな立場で働くメンバーが入れ替わりながら三十余年継続してきた。心理職だけでなく精神科医の方々も参加されており、毎回三時間に二事例を研修する形をとってきた。参加者の職場は病院、クリニック、学校、福祉機関、私設心理相談室などさまざまである。ソーシャルワーカーの方々が参加したこともある。参加者は原則として年に一度、レポーターとして指導を受ける。ここ数年は、村瀬先生のお宅の応接室にお伺いしている。淡い色合いの小花が置かれた季節ごとのテーブルクロスが麗しいお部屋だ。先生のお宅にはマーゴというアメリカンショートヘアの猫がいて、応接室で皆の足元を一巡すると先生の足元のじゅうたんの陽だまりで人間のように仰向けに眠ってしまうこともあり、猫のお行儀にも結構厳しい先生も、その愛らしさにクスクス笑われることもあった。姿振る舞いの上品なマーゴだったが、先生が出かけられると察すると履物におしっこをして“イヤ”の意思表示をする、と困っておられた。小柄なまま猫としては超高齢となったマーゴは年末のある日、〈家に人が居る時に〉先生の膝の上で命を終えたとのこと。飼われるというより尊厳を保ちながら人間と一緒に暮らした幸運な命だった。村瀬先生は今でも、いろいろな写真やぬいぐるみの、一家言ありそうな、主張をもって賢い表情の猫に目がないようで、そういうものに出会うときは、ひと時のこころの休息をとられるかのように、おもしろおかしく猫談義に誘われる。
 話を研修会のことに戻す。先生の指導ではいわゆる理論や技法にのっとるというより、まずは対象となる来談者を人として遇する態度が先決であるとされる。それは、言葉づかいやイントネーションの端々に厳しくも露呈する偏見、上からのもの言い、人情の足りなさといった自らの人となりの自覚となって投げ返されてくる課題でもある。こうしたことは対来談者ばかりでなく、日常の中で、たとえば接客業の立場にある人に、客としてもてなされて当然、という態度ではなく、そうした業にある人のこころへの思いやりも自然に動く態度である。ある時、会議の終わりが深夜になり、一休みに入ったスナックで、村瀬先生はアルコールを注文しないことを恐縮されながら“酸味のある冷たいもの”を注文し、出されたグレープフルーツジュースに「甘さと酸味が程よくてとてもおいしい」と言われると、寡黙で仏頂面だった店主の表情がパッと動いて、グレープフルーツは季節によって取り寄せる産地を変えていて……と、もてなしの心づくしの説明が始まったのは印象的だった。
 先生はたくさんの地域から要請を受けて出かけられることが多い。そして旅の途中に出会う人々とのかかわりも普通ではない。東日本大震災の被災地に臨床心理士会がボランティアを派遣していたころ、役割とてお供して岩手県立釜石病院に日帰りでご挨拶に伺った。夏と言っても肌寒い小雨の降る釜石線の二両編成の列車が遠野を過ぎたころ、帰りの新幹線との乗り継ぎ時間が短いことが気になるということが話題になり、先生は木製の床をとことこと運転手のところへ行かれた。少しして戻ってこられてそのやりとりで曰く「あのー」「運転中は話はできないです」「そうでございますよね、お仕事中ですもの……」(この沈黙の質が普通でない)「……何ですか?」「あの、帰りの列車は新花巻には時間どおりに着きますでしょうか?」「そうねえ……天気が悪いと遅れることもありますね」「今日は一日雨模様でございますものね、でもそれって、新幹線は待っていてくれるでしょうか?」「さあ……それは先方にきいてもらわないと……」といったやりとりをされてきたとのこと。もともとその気のない相手とも結果的に結構なやりとりを繰り広げられる呼吸は超特技の域と言える。そして、話に引き込まれた方も、何か心楽しく会話を終えて、つかの間、良い時間が過ごせた気分になるから不思議である。

二 感覚を総動員すること

 先生はスーパービジョンにおいて、事象をとらえるには、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、そして雰囲気を感じ取ることなどなど、いわゆる五感以上のすべてを動員して……と言われる。対象に出会ったとき体の感じにも言及されることもある。「隣に座ると何か体のそちら側が痛いような……」といった具合に。クライエントを、その発言の意味内容だけではなく、全体として感じ取ることが、クライエントの、問題ある部分だけでなく健康さを見逃さないためにも大切だ。逆に、一見元気そうに振る舞っていても、その虚勢の奥に寂しさや無力感があることを感じることができるかもしれない。それは、その人の〈たたずまい〉を感じとるという言い方で伝えられる。
 しかし、〈人のたたずまい〉を感じ取るというようなことは、私たちが受けてきた公教育ではほとんど言及されず、知育、徳育(これも難しいが)、体育がそれぞれ分けられた、それも知育に偏ったものになっている。五感をバランスよく働かせて、人を含む外界とかかわる〈統合的な自分感覚〉を育てるというようなことは、幸福な家族の中で営まれるのであろうが、それは改めて臨床心理学の世界で認識させられるという事情にある。村瀬先生に学ぶことは、遅まきながらのこのような教育に触れることでもある。
 心理療法ではどんな療法でも傾聴に基づく共感がクライエントとのかかわりの入り口のはずである。そこに〈たたずまいを感じ取ること〉を意識の視野に入れるとなると、クライエントと過ごす時空間を感じ(その内容はセラピストの主観が色濃いのだが)、認識し、それはかくかくのような、と言語化する内容も拡がる。感じるということを、ただそのままにしておくのではなく、感じたことをイメージに置き換えたり、自分の中にある言葉をまさぐって、ふさわしい表現をあてはめながら、その相手に、あるいは他の場であれば第三者に、それを伝える努力をいつも心がけることが自ずと求められる。自分が感じていることも、必ずしもすぐに意識的に言葉にできるとは限らない。自分の脳の中に、断片的、拡散的に置かれた記憶を信じて、相手のたたずまいを思い起こし、その風情に寄り添ってみる時間を持つことで、ふさわしい言葉やイメージが、はたと思い浮かぶこともある。
 ある性同一性障害の若者はエイズ感染の初期症状で入院していた。面接室とてない病棟の空き病室での面談に、彼は自らセラピストのための丸椅子の配置をまめまめしく気遣いし、恐縮するこちらににこやかな笑顔を向けた。つま先歩きのような、床に音をたてない歩き方で、膝に両手を重ね、身をよじってにぎやかに話す、語彙は豊富で博識、人間への厳しい視点ももつ彼であったが、その身のこなしを感じているうちに、この方は本当は生きた心地がしていないのではないだろうか、という思いが浮かび、転々とする会話の経糸(たていと)を感じ取ることに集中することができた。
 そこに居る人を感じるというのは人間同士の自然で基本的な関係のありようであるから、逆に、クライエントの方もセラピストをそのように感じながらそこにいるとも言え、セラピストが共感が大事と思うのと同様に、クライエントもセラピストに対して自ずと「共感」しつつ、あるいは感じる内容に抵抗しつつそこに居るのだと思う。 実際はそのように刻々と展開する心理療法であるので、問題や展開する事象を理論にあてはめて扱うのではなく、解釈するのではなく、専門家としてというよりまずは人として接する立ち居振る舞い、話し方の音声や言葉の端々の使い方、さりげなく静かなもてなしの心遣いといった、先生曰く〈ふつうのこと〉がまずは基本ということが納得される。中井久夫先生の以下の記述の体現であろうか。「身体診察の精神療法的意義が明らかにされてきた。精神科において面接の際の身体診察は不可欠な要素を成している。臨床心理学において、これに相当するものは、面接室における正しい挙措(きょそ)であろう。面接室においては心身がともに出会うという自覚が必要である」。村瀬先生の場合はそれが「面接室での」に留まらず、日常の有り様全体を通じて説かれ、実践されている。村瀬先生に接することのある方々は、このことを感じておられると思う。そうした営みの中で先生が発する言葉は、時に呆然とするくらい厳しく響きながら、時間の経つなかで、ちぎれちぎれに体験されている自分自身の生を、また人とのかかわりのありようを、対象として自ら感じなおす契機にもなるのである。

三 寄り添うということ

 まだ二〇歳代のころ、仕事の方向性が定まらない私を気遣ってくれた同僚に促されて、当時は田園調布にあった先生のお宅に初めてお邪魔した。古風で広い玄関には木彫の羽目板があった(それは文京区のお宅の玄関クローゼットの扉にアレンジされているのだが)。畏れ多くて固まっていた私に、先生は玄関に迎えられるなり、「あの、お茶は温かいのがいいですか、それとも暑さが厳しいですから冷たいほうが?」と質問されてびっくりした。また、お話ししていて一時間ほどたったところで、「頭がすっきりしますよう、コーヒーを淹れましょう」と立ち上がられ、戸口で振り返って「あの、機械の音が突然しますから、そのおつもりでねっ」と言われたのもびっくりだった。ただあっけにとられてしまったが、今思えば、このやりとりは、対人関係における配慮と基本的な意思確認のようなやりとりともいえるのだと思う。「私がこれこれを意図するのは、こういうわけなのだが、あなたはそれをどう感じますか、そしてこのことについて何かご意向がありますか……?」少し飛躍するようだが、私たちは日常、自分の言動について、もう一つ説明をしながら言及するということは案外少なく、相手の反応も十分受け取ること少なく、時には言いっ放し、上からの物言いというふうになることもあるように思う。説明不足は憶測を誘い、時に誤解や根拠の薄い期待が膨らみ、それらに基づいて人はやりとりをし、後になって裏切られたと怒るというようなことが、相談関係でも生じることがある。長期間続いた相談関係が途中からこじれてゆく経緯には、互いの言動の本意について、とくにセラピスト側の思考についての説明的な開示がおろそかである場合が少なくないのではなかろうか。相談関係の展開の中で、このような様相については、いわゆる転移、逆転移という言葉で説明されることも多いようだが、実際はやりとりの肌理(きめ)の細かさが足りないことが背景になっている場合も少なくないと思う。セラピスト側では、専門性を支える理論(時に思い込み)に基づいているつもりであることが、このこじれの修正を妨げる場合もあるのではないだろうか。クライエントが発する不満、抗議、クレームの微かな兆候に、あるいはクライエントではない日常の人間関係におけるそうした兆候は、自らの共感性への警鐘であり、ずれの修正の良い契機でもあるととらえたい。
 さて、この本は、先にも述べたような先生のお宅での勉強会に集うメンバーが、それぞれの学びについて、事例を交えながら振り返りを共有することを目的の一つとして編むことになった。メンバーはさまざまな場で仕事をしているので、この勉強会を通じて、心理臨床の場が必ずしも自分が知っているようなものばかりではなく、心理職の立場もさまざまであることを見聞できることによって、意図したわけではなくとも、おのずと視野が広がる。
 提出される事例も、年齢や生活状態、問題の内容等多岐にわたり、心理職がかかわる問題の広がりを反映して、いわゆる心理療法の理論や技法の適用を主に考えても対応は難しいものが多く含まれる。クライエントが背負う問題は現実の家族の問題であったり、障害の問題であったり、あるいは年月が過ぎたために回復が望めないような課題であったりと、いわゆる定石を考えるだけでは及ばないものが多い。それでも生きるということをささやかでも支えるための工夫は、さまざまに開発された心理療法の知識のみならず、治療者の想像力、生活感覚の豊かさなどをも必要とするということを、事例の詳細を紐解く中で、納得してゆける時間である。それは、事例検討をとおして、参加者自らの生活や対人関係の持ち方、価値観を自覚する時間でもある。
 村瀬先生は一つ一つの事例に、登場する人物のイメージを膨らませ、状況を想像し、時に自ら経験された事例も援用しながら、報告されている事柄の意味を紐解くように解説してくださる。出席者はその事例の登場人物、家族の雰囲気や文化、社会経済状況が立体的に理解され、そして治療者としての自らのありようを、その立体的関係図の中に対象化して捉えることにもなる。このことは、時に自らの足りなさの自覚にもつながり、厳しくもありながら、何か背肩の力のぬけるような納得感となることもある。このような研究会の場を長年にわたり継続することを背景に、何とか仕事に、及ばないことが多いながら大過なく携わることができてきたことを感謝しつつ、本書を編むことを計画したのである。

四 事例検討の意味

 事例検討は心理臨床研究の主要な方法として位置付けられている。事例検討で知ることができることとはどのようなことであろうか。生物・社会・心理的に存在するそのクライエントの問題について多面的に収集・整理した情報を把握することがその一つである。クライエントに明らかな現実誤認がありそう、あるいは、明確ではないが現実の受け止め方に或る偏りがありそうだという範囲まで、認知の有り様を、心理検査や行動資料から判断する。この判断は、クライエントとのかかわりにおいて、どこまで保護的に、あるいは支持的にかかわる必要があるかの判断につながる。
 そのクライエントを支援する現実の資源に関する検討も必要である。青年期までのクライエントでは、多くの場合家族が一番近い資源である。そして家族のどのメンバーが重要か、ということもある。ほとんどのクライエントの問題は、対人関係の基本的なところでのあり方が関係しており、その起源をなすのは母子の歴史であることが多い。そしてその母子関係の問題は面接者との関係に重なって展開するかもしれない。
 事例検討の事例を、クライエントのことと考えるのではなく、そのクライエントとの、そのセラピストのかかわりの事例として考えることも実際は重要である。そして事例検討が、セラピストがなすべきことを考えるのに意味をもつのはこの場合である。
 ある重症の強迫症状があり、不潔を恐れて家の中の狭い一部だけでしか暮らせない少女とのかかわりで、あまりの過敏さ、陽炎のような心もとない風情、細密に描く人物画の生彩のなさに困惑して村瀬先生に相談をしたとき、先生は、「ふーん」と極まった声で、「絵には本当にこの人が顕われるものなのねえ……」と感嘆されながら、「あなたが変わればこの人も変わるのよ」と、当時の私には結局わからなかった言葉を言われた。その後も先生は時々、お母さんが変われば子どもは変わる、と言われる。かかわり合いを交わすこころの層の問題と、今は受け止めているが、リアルなこの世を生きる中で、優しくなるということの難しさは益々の課題である。
 実際の事例検討では当然さまざまな意見が思わぬ方向から言われることもあるし、スーパーバイザーである村瀬先生のお話は、いつも、事例とその周辺の状況を統合的に理解する助けになり、もやもやしていた問題の霧が晴れるように納得できるのが常である。そして、ある問題について、自分自身のこころの底にある無力感に気づき、そうではない考え方を教えられることも多い。時には常識的な多くの人の考え方の変更を迫る認識が語られることも少なくない。「これって過激でしょうか、でも普通のことですよね」というフレーズつきで。
 事例検討は、クライエントが陥っている問題、課題を解くには、セラピストの認識のあり方が、畢竟、肝心なのだと教えられる場である。
 自分だけではなくメンバーの報告と指導を聞きながら、また自分も意見を言ってみる経験を重ねる中で、一つ一つの事例の学びだけでなく、共通する課題、共通するキーとなる認識といったものが浮上するように理解される。しかしその認識の多くは、皆で共有するものもあるが、むしろメンバーひとりひとりに異なる形で得られているのではないかと思う。この本では、そうした経緯が、固有の形で報告されてゆくことになるだろう。

二〇一四年一二月