『村瀬嘉代子のスーパービジョン−事例研究から学ぶ統合的心理療法』

奥村茉莉子,統合的心理療法研究会編
A5判/230p/定価(3,200円+税)/2015年3月刊

評者 岩壁 茂(お茶の水女子大学)

 現在,250以上の介入法がエビデンスベーストアプローチとして認められ,うつ,不安障害から,子どもの問題まで,幅広く介入法がリストアップされている。これらのすべてを一人が学ぶのはおそらく無理であろう。しかし,少しでも多くのエビデンスアプローチを身につけることができたら効果的な臨床家になれるだろうか。よりクライエントの役に立てると感じられるだろうか。臨床家としての長い職業生活のなかで成長感を維持できるだろうか。
 本書に寄稿した臨床家たちは,臨床技法を学ぶこと,1つのアプローチに忠実に実践することに満足せず,クライエントの限界と可能性に,あたたかなまなざしを向けながら,それをできるかぎり客観的に見つめ,人と人との接触のあり方を追求する統合的アプローチを学ぶことを選んだ。彼らは,理論や技法を否定するわけではないが,理論や技法が本当の意味でクライエントの援助につながるのか,それとも一人の人間としてクライエントに向き合うことから知らず知らずのうちに臨床家自身を守る鎧となるのかについて見つめ続けることを,臨床家としての仕事の基本とした。
 本書には,このような11人の臨床家が,村瀬嘉代子氏,そして仲間とのグループスーパービジョンから学んだ体験が収められている。各章は,それぞれの臨床家がどのようないきさつで村瀬氏のスーパービジョングループに加わったのか,ということから始まる。当時の臨床現場で対峙していた事例の概要が紹介され,それに続いて直面していた困難な状況や臨床活動や,心理職としての役割に関する疑問が映し出される。そして,スーパービジョンにおいて村瀬氏とのあいだにあったやりとり,そこから受けた衝撃や洞察が克明に描写されている。本書の読みどころのひとつは,執筆者たちが,村瀬氏の臨床家としてのたぐいまれな才腕に畏敬を表すことを越えて,それをどのように自分のものにし,一歩先へと進めようとしたのかという努力のプロセスが語られることにある。彼らの臨床家としての成長の軌跡は同時に,日本における臨床心理実践の歴史をも表している。
 本書は,自分が臨床家としてどう生きるのか,人と接することに何を求め,何をなそうとするのかについて考えるとても良いきっかけを与えてくれる。限界と制限のなかに可能性を見つけること,理想像を追い求めるのではなく,現実のなかに生きる場を見つけていくことなど,このスーパービジョングループでは「当たり前」なことであるようだが,とても目新しさを感じる。それはおそらく評者だけではないだろう。
 本書は,学びの場を求めながらなかなか得られない臨床家にとって,自分の臨床活動や課題を振り返るのに最適の一冊である。そして,読んでいて内容に引き込まれるせいか,とても読みやすく感じる本である。また,臨床心理の指導者としてスーパービジョンに携わる者にとっては,必読と言ってよいほど示唆に富んでいる。理論と技術を引き継ぐ後継者を育てることを越えて,スーパービジョンを捉え直すことは,今後の臨床心理学の発展にも大きく関わる課題である。