『スーパーヴィジョンのパワーゲーム−心理療法家訓練における影響力・カルト・洗脳』

リチャード・ローボルト著/太田裕一訳
A5判/432p/定価(6,000円+税)/2015年5月刊

評者 妙木浩之(東京国際大学)

 革新的,というよりも挑発的な本だ。まず原初の叫び療法のグループに参加しながら,そこが解散してしまって自分がばらばらになってしまったセラピストの,「えっ」と思うような自己開示の物語から本書は始まる。さらに夫が心理療法に傾倒していくときに隷属的なスーパーヴィジョン関係にはまり込んでしまい,そこから自己心理学の正しい道にもどってくるまでの妻の告白,そしてその夫そのものの報告にはびっくりする。でも待てよ,確かに周囲のセラピストのなかには,いつも「ダメだし」ばかりされて落ち込んでいるスーパーヴァイジーがいるよな,とか,これって「某教」ではないかと自分の学派ばかりを信じ込んでいる信者のようなスーパーヴァイジーがいるよな,とか,少し距離をとって読み直してみると,自己愛的な権威主義は私たちにとって大問題で,カルト的なスーパーヴィジョングループという言葉からいくつも思いつく人とグループがある。だから自分の経験としてそれを正直に告白している勇気には感心するし,告発の動機も理解できる。言い方が過激になりやすいのも。
 本書を流れている主題を二つ挙げると,「権威」と「攻撃者との同一化」であり,そして目指すところは「愛による内在化」,そのためのスーパーヴィジョンの代替案となるのだろう。自己愛がもたらす権威主義は,優れたセラピストを自認する人の前提のようだし,心理療法の中には知らないうちに「密かな対人支配法」を使うような指導は存在するだろう。精神分析のインスティテュートは,長い間この問題に悩んできた。だから,訓練につきまとう権威関係からどのように脱するかについての知見は多い。それでも臨床訓練の初期教育の場では自分の学生に論文指導とスーパーヴィジョンとを一人の指導者が行うという間違った行為が今も行われている(人数がいないから仕方がないという理由で権威主義が横行している)。第2部,特に7章や8章で論じられていることだが,権威はそもそも訓練制度に不可避な要素もあるので,私たちは教育や訓練という名前で権威主義の支配隷属関係が潜伏している可能性についてつねに思想的な内省を止めてはならないのだろう。訓練に偽装した洗脳という言い方や強制的な師弟関係という言葉は言い過ぎの感もあるが,上から,しかも「こうするものなのだ」という言葉ばかりが支配しているような教育,そんな権威的な師弟関係が繰り返される権威への同一化の危険性は,私たちのスーパーヴィジョン,指導にはいつもついて回る問題なのである。攻撃者として指導者を被害者がその内実に同一化するのではなく,そして被害者として攻撃者がもっている権威への隷属だけに同一化してしまうような悪循環を起こすのではなく,スーパーヴァイザーがスーパーヴァイジーの創造性を育てられるような関係性を生み出す愛情の内在化関係をどうやって育てていけるのか,第3部はそんな代案が描かれる。
 指導的な立場にあってスーパーヴィジョンをしている人は読む「べき」(やや権威的な言い方)本だと思うし,スーパーヴィジョンを受けている,あるいは受けたいと思っている人にはぜひとも頭に置いておいてもらいたい主題が描かれている。多くの心理療法家に推薦したい。

原書 Richard Raubolt ed : Power Games : influence, persuasion, and indoctrination in psychotherapy training