『面接技術の習得法−患者にとって良質な面接とは?』

木村宏之著
A5判/180p/定価(3,000円+税)/2015年4月刊

評者 浦野由平(東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース博士課程)

 今年47歳になる木村宏之先生は,名古屋大学精神科講師で同教室の精神療法分野のリーダー。昨今,大学の精神科で精神療法を志向する人が少なくなっている残念な風潮の中,精神分析とリエゾン精神医学を両輪として活躍しておられる俊英である。本書は,その著者による初の書き下ろし。
 「面接技術の基本を学んでもらう」(本書8頁)ことを目指す本書では,@精神分析を視座の基本に置いて,Aなるべく専門用語を用いずに,Bご自身の臨床経験を交えながら具体的に精神療法の勘所が語られてゆく。借り物でない自らのスタイルでじっくり思索しながらことばを紡ぐ木村先生の姿勢は,頼もしく好ましく感じられる。
 著者は,諸先達の仕事を幅広く渉猟しながら書き進めている。古沢〜土居,さらには西園〜神田橋〜成田らの論が各所で適切に引用されており,読者に絶好の復習の機会を与えてくれる。加えて臨床上の重要な,そして結構厄介なテーマを扱ったコラム欄が備わっていて,本書の魅力が増している。たとえば,「困難な患者の引き継ぎ」「キャンセルや遅刻の対策」「『クレーマー』に対する面接技法」について,独自の見解〜工夫が述べられていて参考になる。
 こうした好著に成田善弘先生が序文を寄せて,次のように賛辞を送っておられる。「全編を通じて,すこしも観念的なところがない。患者との間で困難に直面したときに読めば,すぐに有益な示唆が得られるであろう」「私は30年ほど前に『精神療法の第一歩』という入門書を書いたが,本書はそれをはるかに凌駕している。私はこの本から多くを学んだ」「よい本である。すべての精神科医に,そして心理士をはじめ援助職に携わる多くの方々に読んでもらいたい」。
 評者も成田先生のエールに共感するところが多々あったのですが,一方で本書を読みながら少々違和感を覚えた箇所があったのも確かです。一例をあげると,木村先生が構造化した精神分析的なオリエンテーションに基づく面接のみを精神療法と見做しておられる点。こうした見地から,次のような表現が生まれる。

 「……確かに専門家の知識の伝達は有効なこともあるが,それは精神療法というよりもむしろ心理教育であると思っている」(52 頁)

 評者は,「心理教育=患者が体験している病態と治療法に関するわかりやすい説明」を,もう少し重視していただけるとありがたいのだがなあ,と感じました。
 もう一つ例をあげると,次の一節。

 「精神療法を行っているとき,治療者は,面接室の中の患者の言動のみならず面接の外側の患者の言動についても治療関係から派生した出来事として理解する」(131 頁)

 評者の理解ではこの表現には少々行き過ぎがあり,たとえば「……面接の外側の患者の言動についても治療関係から派生した面もある出来事として理解する」くらいの表記が適切ではないでしょうか。
 そして,こうした違和感を生み出す事柄から,どのような臨床上の問題が生じているように見えるか。ここでは,一つだけ例をあげてみよう。以下,やや長い引用になってしまうことをお許しください。

〔症例提示〕患者は30 歳代の専門職についている女性。患者の両親は10歳代に離婚しており,事情があって母親と患者は,父親の元から,突然,遠方に引っ越した。その数年後から心身症の治療を受けてきた。20歳代の後半,身体症状が改善しないために主治医から紹介されて治療者を初診した。患者には,人生の相談事についてアドバイスすることが多く,治療者は,患者にとって不在であった父親の役割を担っていると考えていた。患者の心身症は,5年程をかけて徐々に落ち着いていった。あるとき,患者は交際相手との別れをきっかけに,遠方の会社へ転職を決めた。そして,その転職は,治療の終わりを意味していた。最後の診察で,患者は感謝の言葉を述べて退出した。ところが,新しい会社へ出社する直前,患者は急に不安が高まり予約外に受診した。
 患者は「新しい職場で本当にやっていけるのか」と訴え,治療者は「大丈夫だと思う」と伝えた。その後,患者は少し不安げな様子で「今の会社には本当にお世話になりました。まるで我が家のようだったけど……いろいろありすぎた」と話した後……数分間の沈黙が訪れた(治療者は,この沈黙をとても長い時間に感じ,まるで面接室に一人でいるかのような孤独を感じた)。
 治療者は「患者が,今回の転職と治療の終わりを思春期の引っ越しと重層的に経験して辛いのだろう」と思った。黙っていると沈黙がずっと続きそうだったので「今回の転職と治療の終わりは,大変だった思春期の引っ越しのようで,辛いのだろう」と伝えた。患者は少し寂しそうだったが,「がんばってみます」と治療者に告げ,診察室を出ていった。
 数カ月後に受診した患者はなんとか働けているようだった。その診察が終わるとき,治療者は「また不安になることがあれば遠慮なく受診してください」と伝えた。その後,数年が経つが連絡はない。新天地でうまくやっているといいなと思っている。(93 頁)

 この一節を最初に読んだ時に,評者は少々驚きました。患者が「新しい職場」に関するもっともな不安を口にしたのに対して,その明細化を行って共感し相談にのる作業を十分行わずに,著者は「大丈夫だと思う」と返した(と読める)。さらには「今の会社には……いろいろありすぎた」という発言を聞き,その後の沈黙に自らの「孤独を感じた」著者は,患者の思いを詳しく聞かずにご自身の解釈を伝えた(と読める)。
 評者は,よしんば著者の解釈を最後に付け加えるにしても,まずは「新しい職場にまつわる不安」や「今の職場へのさまざまな思い」をしっかり聴取して共感するという,精神療法の基本作業を行うべきだろうと思います。そして本書に記されているやりとりでは,「患者は少し寂しそうだった」のも宜むべなるかな,と感じました。
 この書評の後半では,評者が感じた違和感〜問題点を記させていただきました。評者の真意が,「こうした外野からの意見も適宜参考にしていただきながら,名古屋〜全国の精神療法の興隆のために木村先生にご活躍いただきたい」という願いにあることが伝わりますと幸いです。