『認知行動療法に基づいた気分改善ツールキット−気分の落ちこみをうつ病にしないための有効な戦略』

ディヴィッド・A・クラーク著/高橋祥友監訳
B5判/260p/定価(3,600円+税)/2015年6月刊

評者 森田慎一郎(東京女子大学)

 本書では,主たる読者として「日常的に気分の落ち込みに悩んでいる一般の人々」が想定され,計80種類の気分改善(一部は気分高揚)のための戦略(ツール)が紹介されている。しかも単なる紹介ではなく,それらの戦略を適用した際の人々の変化を描いた事例が随所に記されているため,理解が促進される。さらに特筆すべきは,個々の戦略の基盤となっている知見を織り交ぜながらの紹介となっているため,認知行動療法に関心のある研究者や実践家にとっても,読み応えのある内容になっていることである。
 全体は15の章で構成され,第2章から第14章まで,各章のテーマと関連する戦略が紹介されている。
 第2章と第3章で紹介されているのは,自身の気分や,自身の置かれている状況を客観的に把握することを通して気分の改善を図ることを目的とした戦略である。これらの戦略のなかには,問題解決法などが含まれている。第4章では認知再構成法,第5章では行動活性化を主要なテーマとした戦略が紹介されている。たとえば,第5章では,「行動変化を受け入れる」戦略が紹介されている。この戦略の適用事例として,二児と暮らす専業主婦で,抑うつの問題を抱えるミシェルが登場する。ミシェルは,行動活性化のACTIONモデルに基づいて,従来の「散らかしたからといって子どもたちを怒鳴る」行動の代わりに,「怒鳴らずにやり過ごし,就寝前の15分間,子どもたちと夫と自分が一緒に片づける」行動を選択し,この新しい行動を日常生活に組み入れる。
 その結果,徐々に,子どもたちは進んで片づけを手伝うようになり,ミシェルのイライラも減っていくという展開になっている。
 第6章では,抑うつの一因となる反芻をテーマとした戦略が紹介されている。なお,反芻と違って,熟考は抑うつを和らげることができるといった知見も併記されている。第7章では,その熟考を働きかける戦略として,マインドフルネスをテーマとした戦略が紹介されている。さらに第8章では,過去についての熟考をテーマとした戦略が紹介されている。
 これらの戦略のなかには,肯定的な記憶の想起を抑うつの改善に利用するものがある。ただし,中程度から重度のうつ病者にとっては,この戦略は抑うつを増悪させる危険性もあるとの知見が注意書きとして併記されている。本書で散見されるこの種の注意書きは,各戦略の禁忌や限界を知る上で極めて貴重である。さらに,第9章では「希望」,第10章では「他者との絆」,第11章では「コンパッション」,第12章では「運動」,第13章では「回避」,第14章では「幸福」を主たるテーマとした戦略が紹介されている。いずれも,気分改善に役立つものとして注目度の高いテーマであり,気分改善についての包括的な理解を得るためには極めて有用といえよう。
 読後は,自らの気分改善に関する知識が整理かつ拡張されたように感じられた。この「ツールキット」には,気分の問題を抱える当事者の助けになるということ以外にもさまざまな効用がありそうである。

原書:Clark DA : The Mood Repair Toolkit :Proven strategies to prevent the blues from turning into depression