『子ども虐待と治療的養育−児童養護施設におけるライフストーリーワークの展開』

楢原真也著
A5判/230p/定価(3,600円+税)/2015年6月刊

評者 森 茂起(甲南大学文学部)

 本書は,著者が,社会的養護(特に施設養護)の世界で積み重ねてきた現在までの実践と研究をまとめた博士論文に基づく著作である。
 まず,児童養護施設における施設養護residential careの実践経験をベースにこのような包括的な研究書が書かれたということの価値を強調しておきたい。このような書を成すには,施設養護における日々の実践と,それを方法論を持って記述し,整理する「研究」の意識を両立させなければならない。簡単なことではないが,私は,児童養護の実践家の中に,そのような意識を持って知識,技量を共有し,向上させようとする動きが近年高まっているのを感じている。楢原氏がそのような実践家を代表する一人であることは間違いない。
 本書は博士論文を基にしているが,本書の出版準備の過程で相当の編集作業や加筆が行われているのではないかと想像する。それは,博士論文に基づく一般の著作に比べて,特に念の入ったものではなかったろうか。
 たとえば序章を見てみよう。序章のタイトル,「家族を遠く離れて―子どもたちは施設入所をどのように捉えているのか」がすでに,ある種の文学性を備えているとともに,強いメッセージ性を持っている。内容もまた,問題の概説や背景の紹介といった内容と異なり,通常の研究書であれば後のいずれかの章に組み込むであろう独立した調査研究に基づいている。子どもが語る入所理由について,「なぜここにいるのかわからない」「自分が悪いから」といったカテゴリーを抽出し,それぞれのカテゴリーについて「主な入所理由」「家族施設での生活の様子」などの特徴が整理され,関わりの方針が示される。
 このような具体的検討は,通常は序章になじまない内容である。ところが,「施設入所」という主題を取り上げることで,見事に本書への導入―それも本書を構成するさまざまの要素のすべてへの導入―の役割を果たしているところが,著者の工夫であろう。つまり,治療的養育の方法論,ライフストーリーワーク(以下LSW)の実践という主題,「子どもの声を聴く」(序章第5節タイトル)姿勢,データに基づく実証的検討などの要素である。しかも,「施設入所」体験の検討は,同時に,読者を施設という環境にいざなう働きをしている。
 各部の内容について見ていこう。第1部は,「治療的養育」という概念で施設養育を捉える議論である。「毎日の生活そのものが,子どもを抱え,癒し,子どもの育ち直る環境として機能する」という考えに基づいた概念である。著者は,治療的養育実践とアタッチメント研究の歴史を振り返ったうえで,先行文献を参考にして,2本の柱(アセスメントとチームアプローチ)と6つのケアモデル(「生活を共にする:あたり前の生活」「生活を共にする:関係性の修復と形成」「個別支援」「グループワーク」「生活の構造化」「必然性に沿った対応」)に整理する。「治療的養育とは,特定のアプローチを日常に持ち込むものではない」という基本的姿勢の中で,生活の中に自然にケアモデルが生きることが目指される。
 第2部には,LSWの概説から技法,実践上のノウハウなどがまとめられている。本書の本論とみなしてよい部分である。イギリスを中心とするLSWの歴史を踏まえ,日本の児童養護施設において実施する場合の具体的な方法が,実践例の紹介とともに提示される。LSWに関する書物や文献は近年かなり充実してきたが,養護施設において「共に生きる」(終章第6節タイトル)立場からLSWの意義と方法を論じた本書は貴重であり,今後の実践を考える上で基本図書となるだろう。
 以上の内容からすると,本書のタイトルにはやや収まりの悪さがあるかもしれない。主タイトルの具体的内容や性質を副題で補足するといった通常の形ではなく,ある程度独立して第1部と第2部を構成している二つの主題を示しているからである。つなぎの役割を第3章「語られる秘密」が果たしていると思われるが,治療的養育におけるLSWの位置づけをどこかでしっかり論じておくと統一感が増したかもしれない。
 最後に私自身の個人的関心を付け加えておこう。それは「治療的」という言葉に関してである。本書が目指す「養育」は,「治療」なのか,あるいは「子育て」そのものなのか,あるいはそこに「教育(教える)」という要素はどう組み込まれるのか,といった問いを投げかけてみたい。私は,「養育」の概念を深めることで,治療的な要素も包み込むような施設養護の概念やアイデンティティを再構築する必要があると感じている。本書はそうした議論にも大いに貢献することと思う。