『パニック症と不安症への精神力動的心理療法』

フレデリック・N・ブッシュ他著/貝谷久宣監訳
A5判/280p/定価(4,200円+税)/2015年12月刊

評者 木村宏之(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野)

 本書は,主にColumbia 大学の精神分析訓練・研究センターやWeill Cornell大学医学部精神科に在籍する4 名の著者によって執筆されたManual of Panic Focused Psychodynamic Psychotherapy-Extended Range(PFPP-XR)(2012)の邦訳である。
 1990 年代初頭, エビデンスに基づく医療(Evidence Based Medicine : EBM)という概念の登場に追随するように,アメリカ心理学会(American Psychological Association)の臨床心理学部門は,「実証的研究によって治療効果が指示された治療法」と「標準化された治療手続き」のリスト(Empirically Supported Treatment:EST)を作成した。当初,ESTの基準を満たせなかった精神力動的心理療法はリストからはずれてしまうが,著者らは,1997年に最初の治療マニュアルManual of Panic-Focuced Psychodynamic Psychotherapy を発表した。「精神力動的心理療法は,マニュアル化できるのだろうか?」「マニュアル化できた心理療法は,精神力動的心理療法だろうか?」。このような禅問答のような批評にも屈することなく(と評者が想像するのだけれど),着実に研究成果を上げていった。そして,PFPPXRは,アメリカ精神医学会の診断基準であるDSMIV(Diagnostic and Statistical Manual of Mental
Disorders, Fourth Edition)の中で,不安症に対する有効な治療法として認められた。これは精神力動的心理療法としては初めてのことのようである。
 本書は,Panic Focused Psychodynamic Psychotherapyについて,きわめて実践的に説明されている。はじめの第1章から第5章までは理論編であるが,すでに知っている知識は,読み飛ばしてもよいだろう。精神分析になじみが薄い読者が戸惑わないように,第3章の基本的精神力動的概念では,無意識,防衛機制,抵抗,転移,逆転移など用語の説明が具体的症例を添えながら解説されている。こうした配慮には,幅広い治療者にも対象を広げようとする意図が感じられる。第4章の力動的フォーミュレーションでは,パニック症状を個々の患者の内的世界にどのように位置づけたらよいかについて理解できるだろう。続いて第6章から第11章までは治療編であり,実際の治療場面について示唆が得られる。具体的には,治療初期の評価とセッション,精神力動的な葛藤,不安症に対する防衛機制,徹底操作と終結と続き,心理療法の治療プロセスにそって解説されている。最後の第12章から第18章までは,応用編である。心的外傷後ストレス障害,パーソナリティ障害などパニック障害以外の領域への応用について言及される。
 本書は,Panic Focused Psychodynamic Psychotherapyのマニュアル・・・・・であるが,通読した限り,あまりルールに縛られる感じはしない。もちろん治療の中核的概念に「患者にセッションの内容の舵取りをさせる,患者の連想と情動についていく,指示的であったり,助言を与えたりしない」(p83)という精神力動的心理療法の原則が遵守されているからであろう。そもそも「精神力動的心理療法であることとマニュアル・・・・・であることに整合性がつかない」と考える読者がいるかもしれない。評者もマニュアル・・・・・という言葉に多少の抵抗感を感じる。「自由連想的な心理療法であろうとしつつ,具体的指針を提示するマニュアルであること」は,本書が抱えている葛藤だろう。そして,この葛藤についてどのように消化するか(あるいはできないのか)によって,本書を手に取った心理療法家の立ち位置が明らかになるように思う。

原書: Busch FN et al : Manual of Panic-Focused Psychodynamic Psychotherapy, Extended Range